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「そんなに身構えなくても良いよ、何もしないから」 予想外すぎる人物の登場に固まったヴァイスを見たアルヴァロはくすりと微かに口角を上げて楽しそうな声で呟いた。 未だに訝しげに眉を寄せている弟を見てアルヴァロは苦笑して、その表情にヴァイスは僅かに目を見開いた。 「…嗚呼、すごいね。これは関係ない仕事とかも回ってきてるな…、全く、政治をなんだと思っているんだろうねうちの古狸どもは」 積み上げられた書類を一枚眺めてから机に戻したアルヴァロは呆れた様な口調で呟いて目線をヴァイスに向ける。 その目線はどこか柔らかくて、今まで常に感じていた刃の切っ先の様な鋭さが見られず益々困惑に眉を寄せていた。 「…こうして顔を合わせるのは、ソロの頸を噛もうとした日以来かなぁ」 穏やかな、間延びしているとも捉えられるほどにゆったりとした口調から紡がれた言葉にヴァイスの目が鋭く細められる。わかりやすく警戒の色を濃くした弟の姿に今までであれば鼻で笑いからかうか脅すかしていただろうが、今のアルヴァロはそんな気分にはなれなかった。 一定の距離から近づけず、手を伸ばすこともできない。 これが自分とヴァイスとの距離なのかと思うとアルヴァロは自嘲気味に笑うしかなかった。 「あんな事はもうしない。誓うよ」 「………なにを考えてるんです」 「可愛い弟と少し話そうかと思ったんだけど、随分警戒されてるからなぁ」 「警戒される心当たりは十分にあると思いますが」 案外素直に謝ればなんとかなるんじゃね、とヴァイスの番であるソロが頭の中で囁いた気がして眉を寄せる。 だがしかし普段、というか今までとあまりに違う兄の様子にヴァイスの困惑は今も続いており眉間に深く皺を寄せてアルヴァロをじっと見ていた。 側から見ればとても奇妙な空気がそこに漂っており、ヴァイスの元に新たな書類を持ってきた人物はその光景を見て目を瞬かせていた。 「…お二人ともなにをなさっているのですか。もう時間がありませんぞ、王も殿下も早くお召し替えください」 「リドリウス」 「嗚呼、なんだこの部屋は。この書類はこちらで選別して後日またお届けにあがります。さあさあ、仲直りは着替えながらとか行きの馬車の中でなさってください。嗚呼そうだアルヴァロ様に老婆心から申しますとこういうのは何事も早め早めに謝ったが吉ですぞ。まあそれで許されるとも思いませんがな」 「ねえリドリウス、前から思ってたけど君って私のこと嫌いだよね?」 「はっはっは、なにを仰いますか。我が番を私になんの相談もなく国外へ逃亡させたことなど全く根に持っておりませんぞ。ええ、全く」 書類を持ってきたはずのリドリウスがいつの間にかアルヴァロを引き連れて出て行ったのに、一人状況についていけず置いていかれたヴァイスは目を瞬かせるしかなく、そしてため息を吐いた。 「…なんだったんだ…」 仲直り、という言葉が聞こえたが気のせいだろうと眉間に深く寄った皺を解していれば扉が叩かれた。 少し警戒するが声の主はここの兵士で、今度こそ本当に祭りのための準備の知らせでヴァイスは安堵の息を吐いて執務室を後にした。 祭りの開始まで、後数時間と迫っていた。

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