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09ー7

枯れた枝の様な声で老婆が言葉を紡いでいく。 「…あんたの体には異常があるね。嗚呼、それも根深い異常だ、」 ジイさんとはまた違う、乾いた砂の様なざらついた声で紡がれた言葉に腹の奥がずくりと痛んだ気がした。それに気がついたのか老婆の口角が少し下がる。 「…うん、うん、嗚呼、なるほどねえ」 「なんだよ」 独り言の様に小さく呟いて何度も頷いている老婆に問い掛ければつい、と顎を上に向けた。 フードのせいでやはり顔を見ることはできないがそれでもその下から老婆が真っ直ぐにこちらを見ていることがわかり背中に力が入る。 見透かす様な目をしているのだと思う。トレイルや、アルヴァロとよく似た、けれどそれとはまた違う、本当に人を透かして見ている様な空気に俺はたじろいだ。 「治したいのかい、体」 「…え、」 「なんだい、そんな鳩が豆鉄砲食らった様な顔をして」 「…治るものなのか…?」 予想だにしなかった言葉に俺の目は丸くなったまま、老婆に向けて小さく言葉を投げかけていた。 「さあねえ、そりゃあんた次第さ」 「俺次第…?」 俺の方を見ていた老婆はまた目線を水晶に移してその輪郭をなぞる様に撫でる。 俺にはただのガラス玉にしか見えないけれど、彼女には何か別のものが見えているのかもしれない。乾き切った指先で水晶を撫でるその手つきはその中に見えている景色を愛でている様でもあった。 「…先を見ることができても、口にすれば変わる未来ってのもあってねえ。アタシから言えるのはここまでさ」 「…中途半端な占いだな」 「占いってのはそんなもんさ。所詮は占い、いくつも枝分かれする未来をそれっぽく伝える、それだけだよ」 「…枝分かれ?」 はらり、はらりと細かい雪が降り出した。 「無限にある選択肢の中から選ぶんだよ、未来はね。例えばあんたが今この場で番から逃げ出せば逃げ出した未来があるし、向き合えばそういう未来がある。何が最善かはアタシにだってわからない。ただ、アタシが占い師としてあんたに教えられる可能性の一つが、その体はあんた次第でどうにかなるかもしれないってことさ」 「…どうにか、なる」 「あくまで可能性、絶対じゃない。所詮は占い、それを念頭においておきな」 嗄れた声で紡がれる言葉はすんなりと耳に入ってきて、俺は間抜けな顔で何度か瞬きを繰り返す。そんな様子に老婆は引き笑いの様な不気味な笑い方をした。 「ヒッヒッヒ、さあ雪が降ってきた。今日はもう店仕舞いだ。狐の坊や、あんたもさっさとお家に帰んな。ここから南に進んだところであんたの家族がこの世の終わりみたいな顔で坊やを探しているよ」 「あ、やべ」 その言葉に俺はハッとして思考の海から抜け出すと俺は老婆に背を向けた。 「坊や、寒くなるから熱に気をつけるんだよ。いいかい、」 背中に投げかけられた言葉が気になり後ろを振り返ればそこにはもう老婆は居らず、俺の尻尾がブワッと逆立った。え、と乾いた笑いが漏れて口角が引きつるのと同時にこの場所で感じるはずのない匂いを感じ取って目を丸くする。 甘く優しい匂いがどんどん近づいてきて、足音までも耳で捉えられる様になって、俺の胸は嫌な方向へと騒ぎ出した。 「ソロ…!」 甘い匂いと一緒に感じる僅かな怒りの匂いに逃げ出そうとするがそれよりも早く聴き慣れた低い声が耳に届いてびくっと肩が跳ねた。

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