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09ー6

賑わいは相変わらずだが人混みの中から見える建物や街並みは見慣れないものだった。 迷ったと理解してすでにどれほどの時間が経っただろうか、誰かと逸れるだなんて経験が皆無だった俺は暫くその現実を受け入れられなかったが認めざるを得ない。 人波から逃れることもできず流されて気がつけば全く知らない場所に来ていた。 漸く緩くなった人の流れからやっとの思いで抜け出して息を吐き、改めて周りを見てみた。 正直何処にいても城が見えているためそこを目印にすれば家には帰ることが出来るが子供たちやトレイルと合流するのは至難の技だろう。 今頃俺を必死に探して泣いているかもしれないと思うと罪悪感で気分がずん、と落ち込みこうしていられないと歩き出そうとした時慣れない匂いが鼻腔を擽って足を止める。 辺りをキョロ、と見渡した時不意に既視感に襲われた。 薄暗い路地、黴臭く湿った空気、飢えた匂い。 「……だよなぁ」 口からこぼれたのはそんな言葉だった。 十年で、全ての地域があんな夢の様な優しさに包まれることなんてありえない。 けれど久しぶりに感じた慣れた空気に俺は少し胸が痛くなった。 「…で、なんでお姉さんはこんなとこで店なんて出してるわけ?ここじゃヒトなんてこねえだろ」 「現にお前さんが来たじゃないか。寄ってきな」 慣れない匂いのする方へと体を向ければこれまたいかにも、といった風な怪しい格好をした女のヒトがいて俺は肩を竦めた。あまりにも怪しすぎて笑いすら出てしまう。 「残念だけどそんな時間ねえんだわ。俺がいなくて大泣きしてるかもしれない」 「あんた、とても悩んでいるね。嗚呼でも何て贅沢な悩みだろう。んふふ、いやいや、甘い、甘いね、胸焼けするほど甘い悩みだ」 「…は?」 言葉を遮る様にして告げられた言葉に俺は目を丸くした。 全身黒の服に身を包みフードを目深くかぶって顔を見せず、皺皺の手で水晶を撫でるその姿は異様としか言えないが俺の足はピタッと止まってしまった。 「お前たちの運命はもう絡まっているのに、なぜ進まないんだろうねえ。もうとっくの昔に一つになっていてもおかしくはないのに、不思議だねえ」 「…占い師?」 「さあ、どうだろうねえ。アタシのことをどう思うかはあんたの自由さ」 唯一見える口角が緩く上がるのを見て心の奥底がぞわりと波打った。 「嗚呼、そうか。過去に色々あったのかい。…けどこりゃひどい、あんた良く逃げ出さなかったね。…いや、逃げられなかったのはあんたの番もおんなじみたいだ」 「おい」 「んふふ、ちょっと覗いているだけさね。…嗚呼、嗚呼、そうか、なるほどねえ」 掴みどころがない、緩く、けれどしっかりとした言葉で紡がれていくものは気味が悪いほどに当たっていて、それがこういう奴らの常套句だとわかっていつつも俺はつい真剣に聞いてしまっていた。 その俺の様子を見て口角をさらにあげた老婆が片手を出す手招きしたかと思えばそれはすぐさま親指と人差し指で丸を作りこちらに向けてきた。 「こっから先は有料だよ」 「ああクソそうだと思ったよ!」 普段ならば占いなんて全く興味がないが、この時の俺はそれが救いの道に見えてしょうがなかった。 だから気がついた時には俺は老婆に金を渡していたのだった。

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