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09ー12

毒蛇がゆっくりと喉に巻きつき、気道を捉えて絞めながら確実にその毒に濡れた牙を首筋に立てようと機会を窺っている。その蛇が持つ毒にはきっと解毒剤なんか存在しなくて、噛まれたら最後きっと俺は大事なものを全て失うことになる。 じゃあ噛まれなかったら失わずに済むのかと言われたらきっとそんなことはないのだと思う。生きていればきっといいことも悪いことも起こる、そんなものだ。 だけど、その失うタイミングが今じゃないことだけは確かだった。 「…俺が、嫌なんだよ」 震える唇から紡がれた声は笑えるくらいに弱々しいものだった。 「俺がもう、アイツがいなきゃ、アイツらが居なきゃダメなんだ」 「それなら」 どうして、と続こうとしたであろう言葉が不自然に切れた。 「欠陥品なんだよ、俺。ただでさえスラム出身なのに、なんの後ろ盾もない、何も出来ない子供も産めないこんな欠陥品がアイツの隣にいて良いわけないじゃん」 「……それの何がいけないの?」 心底わからないと言った声に顔を上げるとそこには先ほどまでの何を考えているかわからない様な笑みはなく、代わりに眉を寄せて首を傾げる普通のアルヴァロの姿があった。 「何がって、」 「ヴァイスは第二王子だから誰と番おうが構わないよ。他国との繋がりが欲しいわけでもないし、我が国は運命の番にはある種の信仰に似たものがあるからそこで反対するものもまず居ない。むしろ今までのヴァイスの待遇を考えるとソロくらい身軽な方が事は穏便に進むと思うよ」 つらつらと語られる言葉に目が丸くなるのがわかった。 そんな俺の顔を見てアルヴァロは笑う。おかしそうに、けれど楽しそうで柔らかく笑って見せる。 「これでヴァイスが王だったら問題があったかもしれないけど、王は私だ。後継だって私が誰かと番、世継ぎが産まれればそれでこの国の憂いも消える。それに、」 理解が追いつかないままにぽんぽんとリズム良く紡がれる言葉に頭が混乱する。 またしても不自然に切れた言葉に疑問を持つ余裕すらなく、俺が今まで出来ないと決めて諦めていた壁をアルヴァロが簡単に打ち壊していく様をただ見ているしか出来ない。 「君はまだ諦めるには早すぎるよ」 カタン、と入り口のドアの方で音がする。 ふわりと広がった匂いに耳がピクッと反応して尻尾が勝手に揺れ出した。 「ヴァイス、後はお前がどうにかすると良い」 ふわりと音もなくアルヴァロが立ち上がって遠ざかっていく音がする。 その時届いた音と香りに俺は目を見開いてバッと顔を上げた。すると丁度部屋から出て行こうとするアルヴァロと目があって立ち上がろうと足に力を入れたと同時にアイツの指が唇に当てられる。 内緒、そう言わんとする仕草と細められた目に俺は何も言えずそのまま部屋から出ていくその姿を見送るしか出来なかった。 パタリと扉が閉められて部屋には俺とヴァイスだけになる。 言いたいことも、聞きたいこともある。けれど言葉が出なかったのは去り際のアルヴァロの匂いがあまりにも切なかったからだ。 ヴァイスが現れた途端に広がった匂いは、聞こえた音は、言葉にするにはあまりに重くけれど綺麗で、残酷なものだった。 あの日、アルヴァロに頸を噛まれかけたあの日、俺が言った言葉できっとアルヴァロは変わったのだろう。けれどその変化は、あまりに酷だった。 内緒、そうして笑みすら浮かべて見せたその姿を思い出して俺は俯いて服をぎゅうっと強く握った。 それしか出来なかった。

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