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09ー13
靴が床を踏む音がして俺は顔を上げる。
視界の端にやけに丈が長くて高そうな生地が見えたからそいつがすぐ側にいるだなんて事はわかっていた。だから顔を上げた先にヴァイスがいても俺は驚くなんて事はしなかった。
「…今にも泣きそうな顔してるぞ」
「…泣かねえよ、ばか」
鼻の奥がつんと痛んで呼吸が震える。きっと目元も赤く染まっているだろうから、確かに俺は今間違いなく泣きそうな顔をしているのだろう。けれどここで泣くのだけは違うと頭を振って深呼吸をする。
泣いていいのはきっと俺じゃない。
自然と腰に腕が回って抱き寄せられる。
ふわりと包み込む様に広がったヴァイスの匂いに目を細めて俺は両手を背中に回して震えてどうしようもない気持ちを落ち着かせる。
こうやってコイツの匂いに安心感を得だしたのはいつからだっただろう。
「…ソロ、」
低く落ち着いた、少し掠れた俺を呼ぶ声が好きだと思い始めたのは。
「ソロ」
どうしようもなく不器用で、言葉足らずで、だけどそこすら愛しいと思う様になったのは。
「…好きだよ、」
服を握る手に力が入る。
「俺、ヴァイスが好きだ」
紡いだ言葉は、みっともないほどに震えていた。
「好きなんだ」
あれほど泣くまいと堪えていたのに、今度は違う感情で言葉が詰まった。
言葉にするほど、声に出すほどに胸が締め付けられて吐き出した息が震える。怖くて顔を上げるなんて事できなくて、額をヴァイスの胸元に押し付けた。
言いたいことも聞きたいことも沢山あるのに、俺の口からは壊れたみたいにその言葉しか出てこない。それ以外の言葉をどうしたら伝えられるのかわからなくて、もう一度言葉にしようとしたら、やっぱりそんな言葉しか出ない気がした。
「もう、いい」
俺を抱き締めたまま固まっていたヴァイスから短くその言葉が返ってきて、その声も俺の声と同じくらいに震えているのがわかって顔を上げる。
そこには今にも泣き出しそうに、けれど戸惑っている様なそんな顔をしたヴァイスが居て俺は笑ってしまう。
「…なんて顔してんだよ」
「、夢かもしれないと」
ヴァイスの片手が俺の頬を包む様に撫でる。
「…俺にこんな幸福が訪れるはずがないと、そう、思った」
存在を確かめる様に、今が夢ではないことを確かめる様に恐る恐る俺に触れるその手つきすら愛しくて笑った拍子に涙がぽたりと落ちた。
それはヴァイスの手を濡らして、その事にヴァイスもまた泣くのを堪える様に微笑う。
「…夢じゃねえよ」
「ああ、そうだな」
そう言って笑うそいつの顔があんまりにも嬉しそうで、それにまた涙が零れた。
「好きだ」
そう言ったのは多分ほぼ同時。
その言葉の余韻が消えるよりも早く唇が合わさった。
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