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09ー14
どちらともなく唇を離して暖炉の前に座り込む。
だから服、と注意したところでコイツもアルヴァロも特になんとも思っていないらしくそのまま俺は背中から抱き込まれた。
柔らかく香るのはコイツの匂いで、慣れないものはきっとこの服と体に吹きかけられた香水か何かだろう。香水がヴァイスの匂いを邪魔するのがなんだか嫌で眉を寄せて首筋に鼻を寄せるが途端に強くなった香水の匂いに鼻を押さえて顔を離す。
「…おい」
「この香水嫌いだ」
眉を寄せたヴァイスに間髪入れずに告げれば納得した様に口角を上げた。
「俺のとは合わないか」
「合わないというか、邪魔。変な風に混ざって全然違う匂いになる」
「そうか」
そう言っても今ついている匂いはどうしようもないと互いにわかっているために息を吐いて俺は背中をヴァイスの体に預けた。ふわふわと柔らかく舞う様に広がるヴァイスと自分の匂いを微かに感じながら少しだけ無言の時間が続く。
「…兄上との話を聞いた」
先に静寂を破ったのはヴァイスだった。
静かに告げられた言葉の内容に俺は特に驚くこともなくただ首を縦に小さく振る。
「驚かねえのか」
「…どっから聞いてたのかは知らねえ。けど、多分アイツお前がいるってわかっててあんな事言ってきたんだと思う」
幾度か不自然に切れた言葉、あれはきっとそういう事だと思う。
俺よりもずっと気配に敏感で、そして俺やニイと違い人の思考を読むのが上手いアイツはきっと全部を理解した上でわざとヴァイスに俺の言葉を聞かせた。
しかも俺の言葉に対する答えも用意した状態で、きっとどう転んでもヴァイスが傷つく事がない様にアイツは俺を誘導したのだろう。
馬鹿だなぁ、アイツ。そうして浮かんだ言葉を口に出すことなんてできなかった。ただ、本当に馬鹿だと、俺はそう思ったんだ。
「…お前は俺よりもずっと兄上のことを理解してるな」
告げられた言葉に込められた感情は悲しみだった、それが俺に向けられた感情なのかどうかはわからないけれどその言葉はとても寂しげでもあった。
「……どうだろうな。理解なんて、誰にもできねえんじゃねえの」
腹に回った手に自分の手を重ねて指を絡めるとその手は控えめに握り返される。
その事に笑みを浮かべつつぼんやりと暖炉の火を見つめた。
「自分のこともわかんねえのに、他人のことなんかわかるわけねえじゃん。ただ俺は、少し鼻が効くから予測が立てられるってだけ」
「鼻が効く…?」
「…俺、人の感情が音と匂いでわかるんだよ。完璧ってわけじゃないけど、大体はわかる」
すん、と鼻を鳴らすと不思議そうな匂いが鼻腔を擽った。
「今、俺のこと変なヤツだって思っただろ。あ、次はなんでバレたって音がする。そんで今驚いたな」
ぽんぽんと告げる言葉と変わる感情にクスクスと笑えば後ろでヴァイスが驚きに固まるのがわかる。目線を送ればやはりそんな顔をしていた為肩を竦めて見せた。
「……だから、お前はいつも」
驚いた顔のまま紡がれようとしている言葉に耳を傾ける。
「自分から、」
「…そうだよ」
この異能は俺を守る術にもなれば傷つける刃物にもなった。そして俺はこの力がどれだけ異色で、そして気味悪がられるかも知っている。
「俺はお前の感情をずっと前から知ってた。お前に向けられる感情も、色んなものも、大体。知ってた上で俺はそれでも怖くて先延ばしにしてた」
漂う香りはまた少し困惑の色を強くした。意識しなければ感じることはできないが、それでも臆病な俺はこの異能に頼らないと生きていけない程に弱かった。
「…でも、もう先延ばしはやめる。ちゃんと言うよ」
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