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10ー3
「なあジイさん」
きっかけはこんな些細な言葉だった。
それなのに今俺は絶賛部屋に閉じ込められていたりする。
それは何故なのか、少し時間を遡ろうと思う。
荷造りもほとんど終わった真冬の昼。今日は子供たちも学校で家に居らず家には俺と俺の手伝いをしに来てくれたジイさんしかいない。
ジイさんと言えば、もう本格的にリドさんと2人暮らしをしておりこの家に来るのも週に2回くらいになっている。
十年も逃げ回って居たのに凄い変化だとは思うが、それを言えば俺にも返ってきそうで口にはしていない。
そんなジイさんと顔を合わせて荷物を詰めていた時に俺はなんの気無しに口を開いた。
「なあジイさん」
ふわふわの尻尾を揺らしながらジイさんが振り返る。その顔はスラムにいた時よりも随分と健康的だった。
「どうした」
「最近妙に怠くてさ」
その言葉にジイさんの眉が気遣わしげに寄り荷物を詰めていた手を止めて身体ごと俺に振り返る。
「風邪か?それなら今日はこの辺にして休むと良い」
「いや、風邪じゃない。多分熱でもねえんだよ」
うーん、と声を上げて悩む俺を見てジイさんは益々不思議そうな顔をする。
「頭も喉も痛くねえし鼻水も出ねえ。耳もいつも通り良く聞こえる。なのに怠いしなんか熱っぽいしで」
「……でも風邪ではない、と」
「だってそれ以外はすげえ元気だもん」
ふむ、と顎に手をやって何かを考える様に目線を下げていたジイさんがそれから少しした頃にバッと顔を上げる。そのあまりの勢いに目を丸くする。
「ソロ、身体はどう熱い。熱や風邪の時と似ているか」
「…え、まあ、似てる」
「…そうか、ソロ。落ち着いて聞きなさい」
心身ともに健やかになったジイさんの声は相変わらず嗄れているものの、以前に増してなんだか覇気が感じられて思わず背筋が伸びる。じっとこちらを見据えている目も同じ様に覇気が纏われている気がするが、流れる匂いには心配の色が濃く乗っていた。
「…発情期 かもしれない」
少しだけ言いづらそうに紡がれた言葉に理解が落ち着かず瞬きをする。発情期 、今ジイさんはそう言ったのだろうか。
「いや、それは、」
「無い、そう言いたいのだろうがお前の今の状態は発情期 が来る直前のΩの状態に酷似している。それにお前、以前も突然そうなった時があったんだろう?」
「あの時は、ヴァイスが居たから」
「本当にそれだけか?」
やけに食い下がるジイさんの様子に気圧されながらあの日のことを思い出す。あの日は体調になんの問題もなかった気もするし何より発情期 が起きた直後、俺の側にはヴァイスが居てだから起こってしまったのだろうと今でも思うが、そこで俺はハッと顔を上げる。
「…そういえば」
俺がそうなる時は、大体アイツが無理矢理そうさせていた。
けれどあの日は、アイツからあの時の匂いなんて全く感じなかった。なのに、俺の体はアイツに反応して発情した。
「…え、俺、自分から…?」
思いも寄らない出来事に俺とジイさんは顔を合わせ、そして冒頭に戻る。
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