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とは言ってもだ、正直俺はこれが発情期 だと言われてもいまいちピンときていない。
ジイさんはその可能性を見るや否や俺を部屋に閉じ込めてしまった訳だが、まあもし本当にそうだった場合この方法はきっと正解なのだろうと自分を納得させて壁に背中を預けた。
「…発情期 ねえ…」
ぽつ、と溢した言葉はがらんとした部屋に吸い込まれた。
ほとんど荷物を整理し終わったせいか俺の部屋は随分と物が少なくなっていて、そのせいで余計に自分の呟きが酷く虚しく響いた。
(熱に気をつけるんだよ)
老婆の言葉がもう一度頭を過ぎる。
占いなんて信じていないが、それでもあの老婆の言葉は恐ろしいくらいにすんなりと頭に入ってきて今もこうして思い出している。
「…熱って、そういうことなのか…?」
だとすればあまりにも呆気なさすぎて気をつけるも何も無い、というのが正直なところだったりする。こんなの微熱とそう変わらない、そう思っていたときに窓の外から子供たちの賑やかな声が聞こえた。
帰ってきたのか、と立ち上がって窓を覗けば一面の銀世界の中を跳ねる様にしてはしゃぎながら帰ってくる二人の姿が見えて思わず笑みが浮かぶ。かちゃりと窓を開けて顔を出せば気がついたイチが目をぱあっと輝かせるがその表情はすぐに困惑へと変わった。
「、イチ!?」
胸を押さえたイチが地面に膝を着くのと、ニイが俺の方を見て声を上げるのは殆ど同時だった。
「ソロ!窓閉めろ!!!早く!!」
「何、」
「ニイ、イチを押さえられるか。すぐに行く」
意味がわからず窓から降りようとした俺を後ろからジイさんが襟首を掴んで引き離した。いつになく緊迫した声で短く言葉を告げた後に窓を閉めて鍵をかけ、カーテンまで閉めた。
「ソロ、間違いなくお前は発情期 だ」
「は?んなことどうでもいいだろ!イチが」
「あれはお前の匂いにあてられたんだ」
「……え、」
とてもじゃないが信じられない言葉に目を見開いた。
「自発的に発情期 が来るのは初めてだろう。それにお前は今までそれを経験したことがない筈だ。加えて、お前の体は特殊だ。…気がつかないのも無理はない、それか、反動だな」
「何、何言ってんだよジイさん、俺普通だって」
「ソロ」
ジイさんが真っ直ぐに俺を見て息を吸ったかと思えばふわりと花の様な香りが広がるがそれは一瞬のうちに掻き消える。それはまるで何かが覆い尽くす様な、そんな消え方で息を詰めた。
「鼻の効くお前なら今ので分かっただろう。そこで待て」
それだけ告げてジイさんは部屋から出て行った。扉が閉まった後、俺はその場に座り込む。外の様子が気になってしょうがないが顔を出すわけにもいかず髪をぐしゃぐしゃと乱した。
様子が見れないのならばせめて音だけでも、と耳を澄ませ俺は目を見開いた。
「…聞こえない。なん、なんで…っ」
それなら、と鼻を効かせても何も感じず喉がひゅっと小さな悲鳴を上げた。
なんで、どうして、と混乱する中耳がようやく僅かな音を拾う。だがそれは自分の荒くなった呼吸音だった。
「ど、して…」
ドクン、と心臓が大きく脈打った。
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