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10ー5

全身の血液が一気に沸騰した様に体が熱を持つ。息をすればする程頭の中で何かが焼き切れそうになるのを切に感じながら鋭い牙を唇に突き立てた。 それは本能がそうしろと言っていた気がするからだ、そうすれば紛れると、正気になれるとそう直感した。 側で悲鳴にも似た声で呼ぶ声がする、声が聞こえた事に心の底からホッとしながらゆるゆると顔を上げる。そこにいた弟と、ソルフィの姿を見てイチは気丈にも笑って見せた。 「もう、だいじょーぶっ」 二人が明らかにホッとした顔をしたのを見てから両手で掬った雪に顔を埋める。痛い程に冷たいが、それが必要だと思えるほどに全身の機能が熱かった。 「…イチ、本当に平気か?」 「へーき!」 「顔真っ赤だぞ」 「雪のせいだもん!」 びしょびしょに濡れてしまった顔をニイが渡してくれたハンカチで拭いて、イチは漸く立ち上がった。五感の全てが鋭敏になっているのを確かに感じながら殆ど無意識に両手で鼻を押さえてソルフィを見る。 どこか悲しそうな、複雑そうな顔をしたまま目線を合わせる様に膝を着いたソルフィは痩せた手でイチの柔らかい髪を撫でた。 「…イチ、お願いがある」 「王子様連れてきたらいい?」 「……ああ、その通りだ」 「オレもいく。ジイさんはソロの側に居るんだぞ」 言うが早いか、ニイはそう言った途端に駆け出した。白い耳を時折家の方へと向けながら、それでも迷いなく城の方へと走る姿を見ていれば頬を氷の様に冷たい手が抓ってきてソルフィは肩を僅かに跳ねさせた。 「ジイちゃん、そんな顔しなくていーんだよ?これね、きっとソロにとってすごく良いことだって思うの!私たちはそれを王子様に教えに行くだけだもん。だから、大丈夫!」 真冬なのに、真夏に咲くひまわりの様な満面の笑みで言い切るイチの姿にソルフィもまた釣られて笑う。そうだった、とソルフィは思い直して今一度瞳を輝かせるイチの頭を撫でた。 「…そうだな、ヴァイス様にソロに発情期(ヒート)が来たと、そう伝えてくれ。頼んだぞ」 「はーいっ!」 片手で鼻を押さえたまま元気よく返事をしたイチが風の様な速さで駆けていく。そのスピードは随分先を行っていたニイにもいとも簡単に追いつくことだろう。 ソルフィは息を吐いてソロの部屋がある屋根裏部屋を見た。 「もしこれが本当に正常な発情期(ヒート)ならお前の願いが叶うかもしれんぞ、ソロ」 きっと混乱しているだろう。心細くて仕方がないだろう。 だがそれは自分たちが行ったところで解消されないなんてことはソルフィが誰よりも一番よく分かっていた。 あの渇きと衝動を抑えられるのは運命が定めた唯一人しかいないのだ。 ソルフィは両手を組んで額に押し当てた。 イチはああ言っていたが、確かにその通りだと思う。けれど、どうしたって祈らずには居られなかった。 どうか、どうか、と言葉にならない思いを天へと捧げる。 それしかできない自分が歯痒い、そう思いながらソルフィは雪が降る中祈り続けた。

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