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10ー10
あれがぼろぼろの給仕服を帰ってきた日、慟哭とも取れる声なき声を上げた日。
運命なんて呪いだと、そう言っていたあの日からどれ程の時間が経っただろうか。
時間としてはさほど経っていないような気もするが、この過ぎゆく時間の中であれが得たものと失ったものは相当だったと、そう想像する事しかできない。
出会った日、死にたいと言っていた狐の子供は全てを諦めたような顔をしていた。
その顔は奇しくもよく世話をしていた子供のものとよく似ていた。
だから放っておけなかったのかもしれないが、あれと過ごす日々はなんとも楽しく、苦しく、そして満ち足りたものだった。
いつの間にか世話を焼く側から焼かれる側になり、小さく幼かった子供はいつの間にか同じくらいの背丈になっていた。
あの子はΩだ。けれど、普通のΩとは明らかに違う。
本人もそれでいいのだと、そう言って明るく笑っていた。
あの言葉に嘘はないだろう。けれど、神とはなんと残酷かと、そう思わずにはいられなかった。
運命が何度もあの子を壊そうとした。けれどそう簡単には壊れることもできないとあの子も知っていたのだろう、久しぶりに再会した時に体中に残る傷跡に愕然としたのを覚えている。
運命とは残酷で、確かに呪いなのだろう。
ここまでしても、互いを憎み離そうと足掻いても離れることは出来ない。だから苦しいのだ。
「だが、」
冬が終わり命が芽吹く季節に変わろうとしていた。
「…結末は違ったな」
もう無理だと、諦めていた。
けれど、その未来にはならなかった。
ふわりと春の匂いが風に乗って部屋の中を走り抜けて行く。
「…ソルフィ?」
「ん?」
歳を重ねてただでさえ深みのある声が一段と渋くなったと目を細める。
「随分と体調が良さそうだ」
「…ふふ、そうか。そう見えるか」
「違うのかい?」
しゅんと垂れた耳を見て小さく笑えばまたピシッと立ったそれに手を伸ばし幾つになっても柔らかなそこを撫でた。
「違わないな。今日はとても体調がいいよ、リド」
その言葉に大きな尻尾がふわりと揺れた。
「……あれらは、無事に着いただろうか」
「ああ、無事だよ。ついさっき城から連絡がきた」
その言葉に「そうか」と返してソファに体を沈める。
「なぜなんだろうね」
「何がだ?」
「あの子たちさ、なぜ今獅子の国なのかと」
不思議そうに首を傾げる番の姿にソルフィは笑った。
そしてゆっくりと視線を外に向け、目を細めた。
「…会いに行ったんだ」
ぽつりと呟いて微笑む姿は、何故だか泣いているようにも見えた。
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