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第20話 家族になろうよ【春樹】

 その後、数年の時が過ぎた。  岳秋(たけあき)春樹(はるき)義兄弟(きょうだい)は、変わらず仲睦(なかむつ)まじく暮らしていた。  岳秋は再び海外取材が増えて世界中を飛び回る日々が続いている。新聞社勤務時代の同期・紺野(こんの)とのコンビで多数のニュースや特集を形にし、そのうち幾つかは世間でも業界内でも注目を集めた。  春樹は医師国家試験に合格し、研修医になった。精神科医としての修行を積むべく、週に何度かは、N県の青山医師のクリニックにお世話になっている。  波乱らしい波乱と言えば、東南アジア取材中に岳秋がデング熱に(かか)り、二週間近く異国で入院の()き目に()ったことだろうか。それを機に、岳秋は互いの身の上に深刻な事態が起きた際のことを真剣に心配するようになった。年齢的にも四十代に入り、老後のことを考え始める時期になったのも影響しているかもしれない。 「お互い、何かあった時、困るじゃん? そのためにも例えば、養子縁組とかさ」  ジャーナリストと研修医という、なかなか生活のリズムが合わない日も多い二人が珍しく揃って自宅で食卓を囲んだ折、岳秋は春樹に提案を投げかけた。 「うーん……。そこまでしなくて良いんじゃない?」  春樹は気の入らない生返事だ。あまり、その話題はしたくないことを言外に匂わせた。 「でも、家族じゃないと、入院とか手術とかいざって時、任せられないんだぜ? 困るじゃん」  岳秋はなおも言い(つの)った。 「僕たち、義理だけど兄弟じゃん。僕、血の繋がった親兄弟は生きてないし、その他の親族とは疎遠だから。手術受ける場合は『いざと言う時は義兄(あに)に判断を任せます』ってことにするよ。不測の事態に備えるって意味では、お互いに後見人になっとけば良いんじゃない? 遺言状とか」  春樹は殆ど表情を動かさず、淡々と箸を動かす。岳秋は不満そうだ。 「……そこまでするんだったら、養子縁組するのと変わんなくないか?」  少し拗ねた表情を浮かべ、岳秋はバリバリ音を立て、焼き魚の骨を噛み砕いた。 (あれ? ……もしかして)  岳秋の感情的な反応に、春樹は感じるところがあった。 「ねえ、もしかして、アキはしたいの?」  春樹は問い掛けた。岳秋は憮然(ぶぜん)として目を逸らし、焼き魚をむしゃむしゃ頬張っている。 「良いよ。しようよ、養子縁組。僕はアキの赤ちゃん産んであげれないからさ。そのかわりに、僕をアキの子どもにしてよ。アキより長生きして、最期まで看取ってあげるから」  春樹は優しく微笑んだ。 「……バカ。子どもにするのは、あくまで戸籍の形だけだよ。ホントはお前と結婚したいんだ。第一、子どもとセックスしたら虐待じゃねーかよ」  岳秋は感極(かんきわ)まって涙目になったのをごまかすように、乱暴に言った。 「……それって、プロポーズ?」  春樹は少し頬を赤らめ、おずおずと尋ねた。 「夏実の葬式から言ってるじゃん。俺と一緒にいてくれ、って。あの時から俺は、お前の一生を引き受けるつもりだったし、その気持ちは今も変わってないから」  岳秋は熱のこもった目で春樹を見つめた。 「ハル。俺と結婚してくれ」 「はい。不束者(ふつつかもの)ですが、よろしくお願いします」  春樹は目を潤ませて(うなず)いた。  次に休みが揃ったタイミングで、二人は岳秋の実家を訪ねた。岳秋は春樹との結婚を両親に報告し、養子縁組届の証人としてサインして欲しいと頼んだ。 「お前がよく考えて決めたことなら、俺は何も言わん」  岳秋の父は、いつも通りムスッとしたような顔のままボソッと呟き、お茶を(すす)った。母は柔和な表情で(うなず)き、二人のお茶を差し替えた。 「岳秋さんは一人息子なのに、お父さんお母さんには、お孫さんの顔が見せられなくて申し訳ありません」  春樹が頭を下げると、岳秋の父はかぶりを振った。 「俺達は、岳秋が幸せならそれで良いんだ。夏実さんを亡くした時は、あまりに深く傷ついていて、どうなるんだろうって心配した。同じ悲しみや苦しみを共にできる春樹君が傍にいてくれて、こいつがどれだけ助かったか分からん。  春樹君。こいつは俺に似て口は悪いし、ぶっきらぼうで、優しい言葉の一つも言えない不器用な男です。でも心根は優しくて素直だから、一度この人と決めたら、あなたのことを一途に大切にすると思います。面倒なやつですけど、岳秋のこと、これからもよろしくお願いします」  岳秋の父は深く頭を下げた。その横で母は涙ぐみハンカチを目にあてていた。両親の髪がすっかり白くなったことに、岳秋だけでなく春樹も胸が締め付けられた。

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