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第11話

◇  ドモンは開け放たれた自室の扉に立ち尽くした。父が居ない。ベッドには宝石を(あしら)った首輪や手枷が投げ出され、巨大な白桃の妖精の痕跡があった。飼主を自慰の道具としてしか見ていない淫乱な穀潰しの姿もなかった。リビングを改めて見渡すもガラスのローテーブルに高価げなリップスティックが立てられているだけで、殺風景で雑誌ひとつない無機質な生活空間が広がっている。今まで暮らしていた部屋を何も覚えていなかった。今まで目に入っていたものに初めて気が付く。力無くソファーに座り、数秒後、まるで臀部を炙られでもしたように立ち上がった。  彩虹花の下階を包囲する遊郭建築は崩れ、黒煙が巻いていた。寝静まっている明るい歓楽街は避難する者や野次馬でごった返し、ドモンは革靴で瓦礫を踏み躙る。好奇の視線をそこかしこから浴びた。彼の店の床夫たちの幾人かは裸足で逃げ出し、顔や服を汚していた。客が枷を外したらしかった。もし店が崩壊していなければ、客もただでは済まないことだったがドモンにとっては羽虫の1匹2匹は視界に入るだけで気にも留まらなかった。遊郭建築の出入り口は完全に潰れてもう経営者であっても入店することができない状態だった。裏に回り関係者出入り口から中へと入る。何人か従業員が死んでいた。ドモンはその肉塊を踏み、蹴り飛ばし、革靴は赤黒いスタンプを残して奥へ進む。内部から店へ出る。玉砂利を敷き詰め、苔の()した庭石と石畳、錦鯉のいる池を置いた中庭に黒い髪の女が立っていた。彼女は玉砂利を掻き分け、その下の床を剥がしていた。故意的に立てた足音にも接近するまで気付かないほど夢中になっていた。美しい顔や髪を汚すことも構わずバールを振り下ろし、床板を剥がしている。それからドモンへ向いた。化粧の下から殴った傷が薄らと見えたがそれは些細なものに過ぎないほど婚約者は華やかに笑う。周囲から聞こえる呻き声や嘆願、柱や天井の悲鳴も2人の耳には届いていないようだった。暫く睨み合っていたがドモンのほうから目を逸らした。2階郭から飛びかかる人影を蹴り払う。女は上階から降ってきた刺客に驚き、動きを止める。座敷牢に放り込んでいた青年は敵意に満ちた眼差しで受身から攻勢へ切り替える。蝿を払うようにその横面を張り倒す。2度も捕縛されながら彼はまだ若き経営者に挑んだ。刺客の女はまだ驚きから覚めないようだった。性器のように突出した肉を抽送した箇所へ手刀打ちする。相手は傷への直撃は躱したが、避けきれずに目を剥いた。隙を突いて腹を蹴り、折れかけている柱へぶつける。上階に交差して架かるアーチ橋から埃が舞う。彼はまだ挑もうとする。ドモンは歩み寄った。 「姉さん!逃げて!」  刺客は叫んだ。ドモンは余裕をみせ、中庭の女に一瞥くれた。そのついでにミカモトが吹き抜けの2階にいるのが見えた。2点の黒真珠と視線がぶつかると、爆風に耐え切れなかった欄干を飛び越えミカモトはドモンの前に着地した。この場を任せ彼は父を求め壊れた店内を抜けていった。  スレイブホテルの中には寄らず外から数分ほどレグナのいる部屋を眺め、仕事に向かうつもりでいた時に聴覚を失うような爆発音を聞いた。立て続けに2回起きた。ミカモトはすでに踵を浮かせていたが2度3度ホテルの窓を(かえり)みる。何も見えなかった。足が彩虹花へ連れて行く。方向は間違いなくその店近辺だったが他にも爆発するような建物はある。しかし予想どおりに爆心地は彩虹花だった。強化ガラスが使われていた窓は割れ、片側は完全に崩れていた。爆発地点と思われる場所の近くを囲む塀も崩れかけている。ミカモトは野次馬や救助活動に勤しむ者たちを掻き分け、制止の声も聞かず店裏に回った。歪んだ扉は開かず、蹴り破るしか方法がなかった。散乱した従業員の死体は爆発によるものではないらしく他殺の跡がありありと見て取れた。床を染める赤にヒールが滑った。地下の座敷牢に顔を出すとカキザキの姿はなかった。布団は捲れ、粗末な襦袢ネグリジェも脱ぎ放しにされていた。薄紅の模様がついた白蛇と見紛う包帯もそこで(とぐろ)を巻いていた。ミカモトはまるで店の惨状を忘れでもしたのか、座敷牢の日常に戻り、使わなくなった寝具のカバーを剥がし、干す物と洗う物、捨てる物に分け始める。地下はまったくといっていいほど地上階の影響は受けていなかった。洗う物を腕に抱いて上階に出る。剥がれた壁紙や四散した花瓶、(ひし)げた額縁、割れたガラスで足の踏み場もない廊下を抜けていった。まだ現状を把握し切れていない床夫たちが通りかかったミカモトに騒ぎ立てた。彼等の足には識別番号が彫られ、チップの入った足輪が嵌められている。彼女は無言で下の階を指差した。下階から爆竹のような音が数度連続して聞こえる。床夫たちは裸足のまま逃げ出した。人の消えていくタコ部屋をミカモトはぼんやり眺めていた。そこにある簡素なベッドにラグナが座っているような気がした。弟が口にした故人の人生の意味を問うてしまう。草臥れた紙を眺める亡霊をそこに馳せながら、爆音のたび揺れることも構わず熱心に一点を凝らした。ふと見た時計が今から向かっても出勤時間に遅れることを示し、手にした物を洗濯場に運び、店の様子だけ見るつもりで中庭を見下ろせる通路に出ると、下階に雇主とカキザキの姿を見た。指示を降すような眼差しとぶつかり、飛び降りる。カキザキは着地したところを狙い胸倉を掴んだ。押し合いへし合い、瓦礫と埃と破片だらけの床を転がった。上に乗るカキザキの拳を躱し、ミカモトは脚で組み付いて頭突いた。視界が一瞬明滅したが彼女は機能性に優れたスーツからペンを出す。しかし相手の肩穴に打ち込む前に手首を叩き落とされる。支給品の万年筆が飛び、瓦礫に混ざった。ミカモトはまだ回復の兆しもなかった肉体を全力で蹴り上げ、距離を作った。雇主はもうこの場には居なかった。カキザキの後方にある中庭には雇主の婚約者が床板を剥がしていた。 「お前はおれを見殺しておくべきだった」  ミカモトは警戒心もなく店内の状況を見回す。柱は折れ繊維を針山のようにし、襖ドアは長押(なげし)に潰され、欄間(らんま)は破れ、修復可能なものは少ないように思われた。建物ごと再建することになるだろう。 「本当に仕事以外のことには興味がないらしいな。それなら、リンバラのことも、もう興味はないか」  ミカモトはカキザキを捉えた。その奥で女がバールを振り下ろし、何やら固い、おそらくコンクリートらしきものを叩いていた。 「上にリンバラがいる。ミモリとな」  ヒールが床を蹴った。しかしカキザキは襲撃を目論んでいただけある俊速でミカモトの前に立ち塞がった。 「だがお前は邪魔だ」  彼は手に包帯を巻いた。そして足元に落ちていた大きなガラス片を拾う。ミカモトは身構えた。スレイブホテルに置いたはずのレグナがこの店にどう来たのか、疑問はあったがまず目の前のことを処理せねばならなかった。ガラス片を持ったカキザキは手強く、動きも迷いがなかった。徒手武術よりも武器術に()け、ミカモトは苦闘する。回避もすばやく、攻撃は往なされる。(いが)み合っているうちに一撃喰らい、質の良い生地で仕立てたジャケットの腕部が裂け、その下のシャツも破れた。皮膚にも赤い筋が走っている。数秒経って滝になる。ミカモトは傷口真下の掻痒(そうよう)感を拭い去る。女がコンクリートらしき地面を叩いている音が頻りに聞こえた。振動によって近くの瓦礫がさらに土砂崩れを起こす。連動したようにまた奥の建物が爆発した。視界は砂埃で覆われ、爆風にミカモトは前傾した。耳を劈く大音響にカキザキの気配も分からなかった。鼻もまた粉塵と火薬に使いものにならなくなっている。目の前に飛んできた襖ドアの残骸を避けるのが精々だった。床は呻めき、破片が横殴りの大雨のようだった。建物が揺れる。ミカモトは中庭に近付いた。巨大なガラス片が竜巻く砂埃を貫いた。咄嗟に避けるが肩を切ってしまう。鉄錆の匂いが埃臭さと爆薬の中で微かな目印になってしまう。神経を研ぎ澄まし、土煙を蹴る。手応えがあった。ガラス片に靴裏が当たっている。足を引いて、そのままそこを横から蹴り払った。肉を打つ感触はあったが同時に彼女も膝下に大きな傷を負った。しかし顔色ひとつ変えないでミカモトは煙の奥を見据えた。気配がなければ支配人室に向かう予定だった。木材の軋み、建物の揺れ、轟音の中で男女の会話が紛れていた。まだ断続的にコンクリートを叩く音がした。そのうちかなり大きな揺れが起こった。吹き抜けの最上階天井に飾られた大型のシャンデリアが落ちてくる。耳鳴りの中でもその物音の主張は激しかった。雫型のガラスの飾りが飛び散り、繊細な金属が勢いよく潰れ、さらには薄い造りのガラスも粉砕される甲高い叫びが聴覚を責める。コンクリートが叩かれなくなった。それだけでも静かな感じがした。室内だというのに雨が降り始め、砂埃が落ち着いていく。スプリンクラーが店を濡らし、ミカモトは潰れた中庭に近付いた。楽器のようにシャンデリアの破片は踏まれて可愛らしく鳴った。煙が落ち着き、足元には血溜まりが広がっていた。ミカモトは黙って見下ろしていた。放り投げられたカキザキの指が小さく動いた。彼は腰から下を折り重なった材木やシャンデリアに挟まれていた。 「姉さんは…」  ミカモトは瓦礫の山を回り、かろうじて跨げそうな欄干を越え、小規模な中庭に出た。女は横たわり、胸部に上階から落ちてきた単管パイプを受けていた。削られたコンクリートの床下に人骨のような異物が見えた。雇主の婚約者は震える腕を伸ばし、コンクリートに埋まった骨を赤みのある指でなぞった。肋骨が陥没したトンネルのようだった。彼女も足が下敷きになっていた。しかしそのことにもやはり頓着した様子がなく、雇主の婚約者はコンクリートに埋められた骨をなぞるばかりだった。 「お父さんなの。ここで働いてた。昔の店長さんだったの」  黒い目が一度だけ立ち尽くすミカモトに応えた。呼吸は乱れ、睫毛が閉じていく。ミカモトは踵を返してカキザキへ戻った。瓦礫を除けようとしたが人ひとりの力では到底動かせそうもなかった。また建物のどこかで爆発が起きる。 「姉さんは…?」 「おとうさんにあえたって」  この店の元上客は嬉笑とも苦笑とも分からない笑みを浮かべた。彼は胸元から草臥れた紙と小さなプレゼントボックスを出した。見覚えのあるそれらはラグナの私物だった。レグナに受け取りを拒否されたのかも知れない。 「多分、お前のだ」  ハシバミ色はそう言って天井を見上げた。ミカモトもまた建物の揺れを聞いていた。空間を裂くような乾いた音がすると、一瞬にして店が崩れる。彼女は数歩後退り、そのまま支配人室のある裏側に伸びた関係者建物へ逃げ出した。大きな揺れが何度も伴った。警報が鳴り響き、スプリンクラーが作動する。支配人の私室に繋がる廊下の防火扉が降りそうになっているところを間一髪で滑り込む。目的の部屋へドアを蹴り破る勢いで突入した。ドモンがレグナに銃を向けている。それだけは1秒にもほんの一瞬にも満たないうちに理解した。飛び蹴りによって白い武器を逸らす。壁に追い詰められ尻餅をつくレグナの前に立った。彼女の雇主は鼻を鳴らし何かに対し嘲るとベッドへ向かっていった。引き破られた天蓋カーテンの奥に白い脂の小山があった。ドモンはベッド傍で跪いた。彼から目を離せないままレグナを腕に収める。 「怪我してる」  雇主の動向を疑うミカモトにレグナは声を掛けた。彼女は思い出し、草臥れた紙とプレゼントボックスを持主の弟に握らせた。冷然とした雰囲気のある眼差しが惑い、白く節くれだった指は受け取ろうとせず、押し返しすらした。彼は何か言おうとしたがミカモトはまたこちらを向いた雇主に警戒を示し、聞いていられなかった。 「俺は父を永遠のものにした。だがその亡霊がいる限り、俺の人生に安寧は訪れない」  カーペットを踏む音が近付く。止まったかと思うと目の前にナイフを投げられる。 「殺せ」 「ゆるして」  ミカモトは落ちたナイフを凝視した。蔦が絡まったような意匠の鞘がついている。 「殺せ。でなければ自害しろ。俺がその亡霊を梵火泥梨(ニルヴァーナ)させる」  ドモンは円卓チェアーに腰掛け、嫌味なほど長い脚を組む。その凍りつくほど美しい視線は選択を迫る。 「永遠のものにしろ。永遠のものに…もう誰のものにもならない。もうどこにも行かない。もっと早くこうするべきだった……」  ミカモトはナイフを拾った。ガラス片による出血と苛烈な瞬発性により片足は震えていた。ヒールも靴裏から剥がれかけている。鞘からナイフを抜いた。白刃に自身の顔が映った。髪には埃が絡み、目は充血している。 「ヲミ…」  ラグナの声が聞こえた。一歩踏み出し、二歩三歩近付いた。しかし目の前に割って入った部外者にミカモトはナイフを落としてしまった。半分ほど爛れた顔がまず目に入った。まだ傷を負って日が浅いようで赤みが強かった。床夫のよく着ている襦袢ローブはよく洗われ、生地も質もいい。ドモンが飼っている気違いの青年だった。両手を広げ飼主の前に立つ。 「この人を殺さないで」 「何をしている、貴様!」  気違いの奴隷は飼主の怒りをすっかり無視してミカモトを睨み付けた。 「よせ、そいつは貴様の知ってる妹じゃない」  ドモンは気違いの奴隷を後方へ引っ張った。それでも彼はまだミカモトを睨み、主人を庇おうと必死になった。 「この人を殺さないで!」  白く細い痣の染みた腕が掴まれる。 「どうしてもというのなら、オレを殺してからいけ!」  華奢な青年の後ろで舌打ちが聞こえた。ミカモトは瞬くよりも速くナイフを拾い上げる。しかし狙った襦袢ローブは消え、刃物は虚空を突き刺さした。獲物は壁に打ち付けられている。真後ろに気配を感じミカモトは振り返った。 「お前も兄の永遠になれ」  激しい殺意が芽生えた。殺される。亡き想人の弟が殺されると思った。ミカモトはナイフを宙に投げ、逆手持ちに直すと、もう迷いもなくドモンを追った。不安定なヒールを脱ぎ捨てる。ドモンは隙を作ってはわずかな時間を攻撃に充て、弾丸はミカモトの血と肉を奪っていった。ミモリが支配人を務めていた頃よりも凄惨な死闘が繰り広げられた。レグナを庇いながらドモンを仕留めるのは容易い(わざ)ではなく、相手もまた奴隷への被弾を躊躇い攻撃を許す。互いに疲弊し、大きな傷を負った。ふたつの息切れが店の倒壊と爆音よりも大きく感じられる。退室させる程度の加減は()うに越え、次に繰り出す一挙手一投足で決めねば敗死は免れない。そう踏んで数度経った。両者はすでに何を庇い、何をするのかも忘れ、天敵を討つことしか考えられなかった。 「土門様…」 「黙っていろ…!」  ミカモトも気の狂った犬奴隷を見てしまった。身を縮め震え、怯えているというのに飼主から濡れた目を離さなかった。殺意に満ちた眼差し同士がぶつかった。 「ま、てよ…待て。オレが殺されれば、ヲミは…」  壁に貼り付いていたレグナが叫んだ。 「だめ」 「ヲミ、アンタは生産性が大切だって言っただろ。オレ1人で、アンタはもう、こんな真似…」  全身を切り刻まれたドモンの革靴がレグナに向いた。 「だめ!」  叫ぶと暗器や弾丸によって開けられた傷から血が溢れた。濡れていない場所を探し、掌の血を拭う。ドモンはその隙を見逃さなかった。飛び掛かった男の身体を迎え打つ。しかし相手のほうが早かった。ミカモトは敗北を悟る。彼女の刃物は薄汚れた襦袢のスクリーンへ向かっていた。だが的を外したナイフはすでにあちらこちらが破れ、染み抜きももう適わないほど血を吸い、何の価値もなくなった高級なスーツに吸い込まれる。白刃が埋まった。硬い肉感が伝い、腹に鋭利な器物を受け入れる。妙なところで息が合う2人は、同じタイミングで互いの血肉を引き裂いた。手が震えた。視界は緑を帯び、膝は制御の範囲を越え、踊るように床に落ちる。レグナが地を這うように彼女へ近付き、蓋の開いたプレゼントボックスが血を吸ったカーペットに転がる。 「ヲミ…」 「レグナ」  血塗れの手を白い手が拾った。彼女はその手を汚すのを嫌がり腕を引くが、レグナは無理矢理手を持っていく。指にピンクのようなオレンジのような色の異物が嵌められた。ミカモトは目を眇めた。 「これは、アンタにだ。ラグナから…ハンカチの、礼だって。安物で悪いって…」  ミカモトは指輪の嵌められた手を引いた。動物の骨で作られているらしく、塗装は斑らだった。血反吐と共に涙が溢れ、嗚咽する。骨製リングを握りながらミカモトは蹲った。 「ラグナを愛してくれて、ありがとな」  彼女はこくこく頷く。レグナの香りに包まれ、やがて眠るように事切れた。 ◇  養子縁組によりホコウエイ-蒲公英-・ジョバンニ・デンテディレオーネから帰化し、ミモリ・ジョバンニ・シモン-詩門-・ホコウエイ-蒲公英-に名を改めたジョバンニは初出勤でみた惨状に頭を抱えた。瓦礫と化した職場の前で数分ほど呆然と立ち尽くしていたが、やがてすべての権利が父ミモリ・ドモンから引き継がれることを思い出しほくそ笑む。  ただの廃棄物と化した祖父の大切な店を囲う野次馬が騒ぎ始め、ジョバンニもそちらを見た。血で服を汚した2人の若い、それでもジョバンニよりは数歳上の男たちが瓦礫の中から這い出てきた。ジョバンニは着慣れないネクタイを直し、店の責任者として歩み寄った。顔面に火傷を負った男は抜け殻のような顔をして、その隣の冷淡げな男は質問に応じた。養子縁組により爆誕したいくつも年上の部下へ彼等の保護を頼み、ジョバンニは若く美しい艶やかな義父がいるという摩天楼を見上げた。  この数週間後、犬猫愛護団体と偽った人権団体に急激な資金が入ったこと、この地に幅を利かせていた権力者の訃報、奴隷として扱われていた床夫たちの暴動、様々な要因が重なり歓楽街は衰退の一途を辿る。  ジョバンニは愛しい義父の肉人形が眠るベッドヘ淡いピンク色の酒が入ったグラスを受け取った。甘い芳香が焚かれ、新婚夫婦が(もつ)れ睦む時間のような雰囲気があった。 「見ていてくれよな、義父(おやじ)。とりま、お悔み献杯(けぇピー)」  けらけら笑いながら義息子は街と父の遺骸人形、義妾夫にグラスを掲げた。

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