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縮まらない距離 ②
匂いからすると、今日はカレーらしい。煌生の好物を覚えていて、さりげなく料理に加える和馬にふと笑う。あの頃と変わらない、和馬の気遣いだった。
「できたで」
声がかかって、和馬が顔を出した。ダイニングテーブルへ皿に盛ったカレーライスを運んでくる。
「カズも一緒に食おうや」
「……腹減ってへんから」
そっけなく答えてリビングに向かい、洗濯物を再びたたみ始めた。それ以上誘うことを早々に諦めてダイニングテーブルに向かう。椅子に座ったところで飲み物がないことに気が付いて、キッチンへと取りにいこうと立ち上がった。その動きに気が付いて、和馬が腰を上げた。
「ええよ。俺が持ってくるわ」
「ああ……ありがとう」
「ビールでええか?」
「いや、今日はええわ。炭酸水ある?」
「あるよ」
冷蔵庫が開閉され、グラスに炭酸水が注がれる音が聞こえた。しばらくすると、グラスを持って和馬が現われた。が。キッチンとダイニングの境目にある壁に、和馬の肩が勢いよくぶつかったのが見えた。ぶつかったことに和馬自身が驚いて、グラスを持った手を激しく上下に揺らす。中身が飛び散った。
「……何してるん?」
炭酸水を長袖のTシャツの前身頃に派手にぶちまけた和馬が、唖然として立っていた。
「……距離感……間違えたわ……」
和馬は普段はしっかりして頼りがいがあるが、思わぬところでありえないことをやらかしたりすることが昔からあった。ガラス窓に気づかずぶつかったり、ラップがかかっているご飯にフリカケかけたり、腕時計つけたまま腕時計探していたり、挙げるときりがないほどの抜け具合だった。
「……お前、相変わらずやな」
その、ちょっと抜けとるとこ。そう言って、煌生が和馬に近付くと、和馬が警戒した顔を見せた。
「……なんやねん」
「いや、そのままでおるわけにはいかんやろ? 着替え貸したるから、脱げや」
「……自分でできるわ」
数歩下がって相変わらず警戒したままの和馬に、心の中で苦笑いしつつ、着替え持ってくるわ、とリビングを後にした。
俺、どんだけ強姦魔かなんかと思われてんねん。そう思いながら。
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