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記憶 ①

 血生臭い匂いが部屋中に広がっていた。男たちの叫ぶ声が反響して、自分の体を震わす。まるで、自分自身が楽器になったかのようだ。体が動かない。足が地面に縫い付けられたみたいに吸い付いて、離れない。辛うじて動く自分の目をゆっくりと左右に揺らした。視界の中には、見慣れた顔がいくつか。見たこともない顔もいくつか。そして。  おかん。  母親が、目の前で倒れていた。顔がこちら側を向いている。驚いたように目を見開いたまま、瞬き1つしない。体の周りからゆっくりと赤黒い液体の塊が広がっていく。 『煌生っ!!』  大声で名前を呼ばれて、びくりと体が震えた。声のした方を見る。  おとん。 『こっちこい!!』  そう言われて、無理やりのように腕を引っ張られた。事務所の外へと出される。その間も忙しなく男たちが行き交っていた。  何が起きたのだろう。自分はただ、幼稚園の帰りにおかんと一緒におとんに会いに来ただけなのに。  1人でトイレに行ったら、誰かが叫ぶ声や、花火みたいな音が事務所から聞こえた。戻ってみたら。部屋の中はぐちゃぐちゃになっていた。  おかん。おかんはどうしたんやろう。病気みたいやったけど。なんでやろう。さっきまであんなに元気やったのに。俺に笑いかけてくれて、今日はハンバーグ作ってくれる言うてたのに。大丈夫やろか。おかん。今すぐ会いたいねんけど。おとんやおっちゃんたちが駄目や言うねん。なあ。なんで?おかん。どうしたん?おかん。おかん。

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