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記憶 ②

「おいっ」  強く体を揺すぶられて、はっと目が覚めた。素早く起き上がると、条件反射で相手との間合いを取る。  意識がはっきりとしてきて、相手が誰なのかを認めると、ふうっ、と小さく息を吐いた。不機嫌な口調でその相手に尋ねる。 「お前、なんでおんねん」  和馬があからさまにムッとした顔をした。 「失礼な言い方やな。お前こそなんやねん。急に誰とも会いたない言い出して。食材も玄関に置いて出ていけ言われて。自殺でもするつもりちゃうかと思うて来てみたら、うなされとるし」 「なんや……ヤらしてはくれへんのに心配はしてくれたん?」  嫌みを込めて、薄ら笑いを浮かべながら答えると、和馬は眉を潜めて立ち上がった。 「お前が死んだら、親父が悲しむからな」  そう冷たく言い放ち、食材を抱えると、キッチンへと消えていった。その和馬の後ろ姿を目で追った後、再び寝転がって天井をぼうっと見上げた。どうやらソファに横たわる内に寝入ってしまったらしい。  久しぶりに見る夢だった。  煌生がまだ幼稚園の年少だか年中だかの時。あれは、実際に起こったことだった。だが、親父たちは煌生があの時のことを覚えていないと思っている。  確かにあの直後、煌生はショックで一時的に記憶喪失のようなものになった。母親との記憶が何もかもなくなってしまったのだ。元々3歳、4歳の子供の記憶など、大して多くなかったりもするのだが。何も覚えていない、と言う煌生に、親父たちは安心したに違いない。母親は煌生が産まれてすぐに病気で死んだ、ということに事実がすり替えられていた。  記憶がはっきりと戻ったのは小学生の時だった。ずっと来ることを禁止されていた親父の事務所を和馬と一緒に親父に黙って訪ねた時に、何かデジャブのような感覚が押し寄せてきて、フラッシュバックが起こった。  煌生の異変に気が付いて、和馬が声をかけてくれたのを覚えている。 『大丈夫か?』 『おん……なんでもない。ちょお、フラついた。腹減りすぎて』  この時は親父が不在だったのだが、黙って事務所に来たことを後からこっぴどく叱られた。  結局、記憶が戻ったことは親父にも和馬にも言わずにいた。言ったところで母親が戻ってくるわけでもない。  ただ、この頃から煌生の中で同じ疑問が渦巻くようになった。  なぜ俺は、この家で作法やら、稽古やら、受けなくてはいけないのか。人を傷つけるための、殺すための訓練なのに。

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