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とある勉強会の話 1

 本当は人前でセックスするなんて恥ずかしくてたまらなかった。  見られて興奮するだとか、淫乱を演じてみせるだとか、そんな余裕は葉月(はづき)にはなくて、ただ恥ずかしいとか見られたくないだとかいう感情をはるかに超えて、龍樹(たつき)に抱かれたくて仕方がなかったし、龍樹が自分以外を抱くのが嫌だった。  スカウトされて、断ろうとした葉月に、せめて相手を見てから考えて、と食い下がった相手が連れてきたのが龍樹だった。  何でも龍樹の公私におけるパートナー──という設定で売り出せる相手を探していたのだそうで、オーディションも考えていたところに葉月を見つけたのだと言われた。  葉月が断れば別の相手を探すしかない、と言われる頃には、葉月の気持ちは固まっていた。  設定でも何でも、龍樹と恋人のように振る舞って、恋人のようにセックスができるなら、羞恥心も倫理観も捨てていいと思った。  早い話が、葉月はまんまと龍樹に一目惚れしたのだ。  艶のある黒髪とくっきりとした目が印象的で、真顔でいると無愛想に思えるところがあったが、笑うととたんに人懐っこくて、低い声も不思議と優しく耳に好かった。  最初に葉月を見つけたのは龍樹本人だと聞いて、運命としか思えなかった。  仕事は、龍樹の恋人として振る舞うこと。そしてセックスをすること。  歌ったり踊ったり芝居をしたりするようなことは、できるようなら後から稽古してくれればいいし、できなくても構わないと言われた。  ただ人に見られる仕事だから、姿勢だの発声だの、エステや美容クリニック通いだのは色々と注文をつけられて、それらを葉月はほとんど二つ返事で承諾した。  龍樹はズブの素人の葉月に朗らかに優しくて、初めてキスするときも触れ合うときも、嫌だったら言ってくれていいから、と念を押してくれたが、葉月が一番望んでいたのは龍樹だったから、仕事という名目のもと彼にいくらでも触れることができて、愛されることができるのは本望だった。  てっきり彼とそうして触れ合うことができるのはカメラの前か観客の前だけかと思っていたら、「恋人らしさを出すために」二人きりでデートをすることもホテルへ行くことも許されて、葉月は嬉しくてたまらなかった。  だからといって、羞恥心がなくなるわけではない。と、葉月は荒い息をつきながら思う。  龍樹は葉月との関係が深まるにつれて、どこまでなら葉月が許容できるかを憎いくらいに理解していたし、葉月が羞恥心を捨てられずにいるのを、そこが可愛いと言って肯定してしまった。葉月が本当に龍樹に惚れ込んでいることを龍樹が見抜いているのかどうかはわからなかったが、とにかく葉月が龍樹に弱いのはもはや周知の事実で、だから龍樹が葉月の恥ずかしがる姿が良いと言えば、葉月は羞恥心を捨てるためにあれこれと工夫することもできなかった。  そして今も、後ろから龍樹に責められながら、葉月はやはり恥ずかしくて仕方がない。そして同時に、龍樹に責めてもらえるのが嬉しくて仕方がないのだから、どうしようもなかった。  二泊三日の勉強会と称して、BLや同性愛を扱う作家や評論家、映像関係者に同業者まで、プロアマ問わず集まったそれらの人前で、葉月は龍樹と一緒に取材を受けたり、トークショーめいたことをしたり、そしてセックスを含むラブシーンを演じることになっていた。  聞くところによれば、葉月と龍樹の二人は一部界隈からの評価が高いのだそうで、難しい話は忘れたが、自分が本気で龍樹を好きなのだから見た目だけの二人組とは違っていて当然だ、と思った。  セックスだって、龍樹は見せ方を心得ていたし、葉月はそういうテクニックがない代わりに心から龍樹を求めて、龍樹に感じていた。  けれど、実を言えば本気だからこそ葉月は恥ずかしかった。龍樹に触れられると余裕がなくて、気持ちよくされるとまともにものが考えられなくて、「そういう設定」であることをいいことに、龍樹に好きだと言い募りながらしがみついて泣いてしまうこともあった。  そんなみっともない姿を晒しても、龍樹はしっかりと葉月を抱きとめて、可愛い、愛してるよと返してなだめるキスをくれるので、葉月はとても龍樹に敵う気がしなかった。  排泄口でしかなかったはずの葉月の小さな穴は、龍樹に愛されることをすっかり覚えて、龍樹の雄を根元まで飲み込んでしまうばかりか、奥まで突かれて揺さぶられても悦ぶようになってしまったし、葉月の本来の性器であるペニスは、もはや触れられなくても感極まって精を吐いてしまうようになった。  尻に龍樹の腰を打ちつけられて、葉月はどうしようもない喘ぎを漏らしながらシーツをつかむ。顔を見せるのが恥ずかしくてうずくまるような格好になってしまう葉月の何もかもを知っている龍樹は、腰を遣いながら指で葉月の背骨をなぞってきた。 「あっ……ひやあっ……!」  葉月は身を震わせて喉を反らせる。視界にこちらを見ている人々が映って目をつぶろうとしたときに、龍樹の手に顎を捕らえられた。 「葉月、耳真っ赤。お尻犯されるの恥ずかしい?」  囁き声を耳に吹き込まれて、葉月はそれだけでイッてしまいそうになる。脚をぶるぶると震わせながらかろうじて頷くと、龍樹の低く優しい声が言った。 「可愛い、葉月、俺のためにイッて」  葉月はもうひとたまりもなく、あられもない声を上げて、揺さぶられながら白い精を散らした。

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