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第61話 「まだ付き合っていません!」

 ――なお、フォール様も発病したという知らせが、翌日レストからもたらされた。ルカス陛下は一度見舞いに行くと言って、朝食後に扉へと向かった。 「本日の仕事が終わったら、すぐに戻るからな」  ルカス陛下はそう言うと、名残惜しそうにこちらを見てから出て行った。扉の前で見送ってから、俺はレストを見る。 「昨日は食事に行ったのか?」 「……ええ、まぁ」 「仲良しなの? ミスカと」  何気なく俺が聞くと、レストが細く長く吐息した。 「同じ諜報部で、ミスカは僕の部下だったんです。歳はそう代わりませんが、実力制と移動・入隊順で任務も変わってくるので、暫くは指導をしたり、一緒に任務に従事していました」 「? それで、仲良しなのか?」  同僚なのは察していたが、俺は個人的に食事に行く友人なのだろうかと聞きたかったので、改めて尋ねた。 「……別に。食事の席で、僕は仕事の話を主にしていましたよ」 「向こうは?」 「……ま、まぁ、良いではありませんか」  珍しく焦るような声で、レストが言った。きっと重要な仕事の話なのだろうと思い、踏み込んでは悪いなと考える。しかし現在の俺の口からは、本音しか出てこないのだ。 「てっきり恋人なのかと思った。甘い話をしていたんだと思ってた」 「違います! まだ違います!」 「まだ?」 「え、っと、あの……」  レストが顔を背けた。いつものクスクスとした笑いが本日は出てこない。唇を掌で覆ったレストは、その後ゆっくりと瞬きをした。 「ちょっと――懐かれているだけで、僕は別に何とも思っていません」 「ふぅん。レストも気になっているように見えるのに」 「そう見えるんですか!? 本音を言う病いに罹患している状態で、そう見えると仰られるという事は――……それも、オルガ様は僕から見ると少し抜けた部分があるのに、そんなオルガ様にまでそう見られるなんて……僕の表情筋、鍛え直さないと。仕事に支障が出る」  ブツブツとレストが呟くように言った。それを見ながら、俺は首を捻る。 「ミスカの話だから特別なだけじゃないか? いつもは表情筋、同じ動きでレストは笑ってる。でも今は、動揺してる」 「しておりません!」  レストが声を上げた。そもそも普段は決して声を上げたりしないのだから、動揺しているのがはっきりと分かる。その時、ノックの音が響いた。 「誰だろう?」 「確認してきます。お待ちくださいね」  そう言ったレストは、いつもの穏やかな表情に戻っていた。しかし、扉を開けた瞬間、その表情が引きつった。笑顔こそ浮かべていたが、硬直している。 「レスト様、ルカス陛下より看病のお手伝いをするようにとの勅命がございまして……やはり病に詳しい俺がいた方が良いと仰せで……」  そこにはミスカの姿があった。 「そ、そう……陛下のご指示なら仕方がないけど……」  そう言いながら、レストが俺に振り返った。そしてスっと目を細めた。何か言いたそうな顔を見て、先ほどの話を口止めしたいのかなと考える。なので俺が小さく頷くと、レストもまた小さく何度か頷いた。 「改めまして、オルガ様」  ミスカは俺の前で膝をつき、深々と頭を下げた。本日の彼は、レストと同じで侍従の服を纏っている。 「ミスカと申します」 「オルガです。よろしくお願いします」  どうやら貴族では無さそうだと考えながら、俺はミスカを見た。それからチラリとレストを見ると、口元はやはり笑顔なのだが、眼差しは冷ややかにミスカを見ている。この表情だけ見ると、嫌いに見えない事も無い。  顔を上げたミスカは、それからレストへと視線を向けた。 「レスト様もよろしくお願いします」 「そうだね。僕に迷惑はかけないでね」  レストに笑顔が戻った。クスクスと笑っている。しかし俺は知っている。これは作り笑いだ。上辺だ。レストの表情筋が仕事を始めただけだ。 「ミスカはレストの事が好きなのか? あ」  俺の本音病が炸裂してしまった。するとミスカが俺へと視線を戻し、楽しそうに笑った。 「俺はここで失恋したくはないので、お答えできません。申し訳ありません」 「さすがに、リアレ病の対応に慣れているみたいだね」  レストが少しだけ驚いたように、そう口にした。するとミスカが大きく頷く。 「俺……レスト様のお力になりたくて、情報をできる限り得てから、即座にこちらへ戻ってきたんです。その中には看病時の対応もありました。ですからレスト様、俺に任せてください。レスト様のためならば、なんでもします」  ミスカが頬を染めた。お答え出来ないというが、彼の顔が全てを物語っている。  レストはといえば、笑顔を引きつらせた。俺と同じ事を考えているのかもしれない。 「なんでも? じゃあ出て行って欲しいんだけど――ルカス陛下のご命令か……ああ、もう……とりあえず、オルガ様に失礼がないようにね」 「心得ております」  こうして、俺達は三人で過ごす事になった。そこで俺は尋ねた。 「二人はいつから付き合ってるんだ?」 「ですからまだ付き合っていません!」  俺はいつ諜報部で一緒になったのか聞きたかったのだが、即座にレストが反応した。するとミスカが目を丸くした。 「『まだ』――? え、レ、レスト様……それって……もしかして俺と、そ、その、いつかはお付き合い下さるという……?」  ミスカもまた、俺と同じ疑問を抱いたらしい。 「別に」  顔を背けたレストは、こちらも本日は分かりやすい。本音病は、率直に聞けるから、いつもとは少し異なる周囲の姿を見られる事もあるようだ。  その後は三人で雑談をしたのだが、八割はミスカがレストをなんとか口説こうと努力し、レストは時折挙動不審になりながら交わしていた。俺はそんな二人を見て、恋にもまた、駆け引きが必要であると学んだ。俺も病気が治ったら、ルカス陛下と心理戦のごとき駆け引きをしてみるべきかも知れない。楽しそうだ。もしかしたら、ポーカーやババ抜きとは異なり、俺にも勝機があるかもしれない。そう考えると、楽しくなってきた。  この日、ルカス陛下は早い時間に俺の部屋へと訪れた。 「大丈夫か? オルガ」 「大丈夫です。早かったな」 「心配のあまり、高速で仕事を終わらせてきた。いつもより集中して、緊急でない謁見は後回しとした」  そう言うとルカス陛下は、レストとミスカを交互に見た。 「看病は俺が代わるから、今日も食事に行ってきたらどうだ?」 「それはご命令ですか?」  レストが笑顔を強ばらせながら聞いた。 「命令というか、二人は親しいのではないのか?」  するとルカス陛下が首を傾げた。ミスカは満面の笑みで大きく何度も頷いている。  それを一瞥してから、辟易したような顔で、レストは小さく頷いてから、下を見た。 「……ご配慮、感謝致します。それでは、下がらせて頂きますね」  こうして、出て行く二人を見送っていると、ルカス陛下が俺の隣に座った。そして横から俺を抱きしめた。 「俺の事が好きか?」 「好きだよ……何度言わせる気だ!」  本音は出てしまうが、それを口にして、羞恥に駆られないわけではない。  思わずギュッと目を閉じると、頬に唇で触れられた。  柔らかなキスの感触に浸りながら、俺は目を閉じていたのだった。

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