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第14話
顔面に喜びを示すような笑みの背後で、バスケットボールがゴールポストに吸い込まれるのを、自分の目でしっかりと確認した。
(――指先に残る確実にゴールするこの感覚は、いつ以来だろう……)
右腕を突きあげながらその場で固まる俺に、加賀谷が攫うようにぎゅっと抱きついた。
「笹良、できたじゃないか!」
あげっぱなしにしている右腕を加賀谷の左手が掴み、意味なくぶらぶら揺すった。
「やっ、これは偶然だろ」
「シュートするときに、筋肉の引きつりを感じたか?」
あらためて訊ねられられることに首を捻りながら、きょとんとしてしまった。
「筋肉の引きつり?」
「おまえがシュートを外す、原因になっているものだ。余計なことをグダグダ考えた途端に出るだろうと思ったから、シュートすることだけに集中させようと、パスし続けてみた」
自信満々に言いきったセリフを聞き、開いた口が塞がらない。
(俺はまんまと加賀谷の考えどおりに、行動させられたということなのか)
「笹良の動きは繊細にできてるから、ちょっとでも何かあると、簡単にバランスを崩すんだ。過去の失敗の経緯を聞いて、それが足を引っ張ってるのがはっきりとわかった」
「そうか……」
「シュートすることだけに意識しながら集中すれば、笹良の病気は絶対に治る。間違いなく治るからさ」
躰に回されている加賀谷の片腕の力が、急に強まった。伝わってくるのは、それだけじゃない。そのせいで身の危険をひしひしと感じまくって、焦りを覚える。
「あの加賀谷、そろそろ離れてくれないか」
しかもこんなところを誰かに見られたりしたら、弁解の余地がないだろう。
「俺と付き合ってくれ!」
「悪いが俺はそういう趣味はない。絶対に付き合えないから」
掴まれている右腕を奪取すべく下ろそうとしたのに、黄金のレフティがそれをさせてくれない。加賀谷の指先が、痛いくらいに皮膚にめり込むのがわかった。
「笹良が好きなんだ」
「放せって言ってるだろ。それにおまえが好きなのは俺のシュートであって、俺自身じゃない」
躰に巻きつけられている腕から逃れようと腰を捻っても、逃がさないといわんばかりに力を入れて、俺の動きを止めようとする。
「笹良ぁ、うっ……」
聞いたことのない加賀谷の甘い声を、耳元で聞いた衝撃で、抵抗する動きが止まってしまった。
「悪い。笹良にその気がないのは知ってるんだけど、擦れたせいで感じた」
抱きついたときには、すでに勃っていた加賀谷。男相手に、躰が反応するなんておかしい。
「最初の数回、俺がシュートを外したから、そうなったのか?」
「いいや。今回は、シュートが入ることが分かった途端に勃起した」
「外しても入っても勃つって、何なんだよ」
これ以上の刺激を与えないように、躰をくの字に曲げてキープする。右腕をあげっぱなしでいるおかしな体勢は、何かのコントをしている芸人みたいに見えるかもしれない。
「笹良のシュートする姿も魅力的だけど、やっぱりあれかな」
「ぁあ、れ?」
妙に掠れた自分の声。それは怯えることを表すように、体育館内に響いた。
「俺さ、見た目だけじゃなく、頭も運動神経もいいだろ。何をやらせても器用にこなすヤツって、レッテルを貼られてるわけで」
加賀谷らしい上から目線のセリフの羅列に、内心げっそりしながら無言で頷いた。
「本人たちはそうじゃないかもだけど、なんつーか見えないラインっていうか、一線引かれてる気がするんだ。そういうのをひしひしと感じてたところに、笹良と出逢った」
「加賀谷と出逢ったって、ああ。バスケの試合のあとに、俺から声をかけたあれか」
「そう、それ。屈託のない笑顔で話しかけられたときは、驚きしかなかった。笹良の態度って、俺に媚を売る感じじゃなかったし。それにバスケの経験者だからこそわかりあえる苦労を、おまえとなら分かち合えると思った」
そうか、コイツは――。
「努力して……。いっぱい練習して身につけた黄金のレフティを、誰かに理解してほしかったのか」
「笹良は俺に一線引くことなく、図々しい態度で接してくれたろ」
今まで知らなかった、加賀谷の一面を垣間見た瞬間に告げられた言葉で、全身の力が抜けてしまった。それは呆れ果てるという感情を、一気に通り越してしまう感じだった。
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