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第15話

「図々しいのは加賀谷だろ。事あるごとに、講義のノートをせびりに来やがって」 「何かきっかけがないと、笹良とは喋れないし」 「無理して俺に頼まないで、他のヤツに」  言いながら、さらに躰をくの字にして逃げかける俺の右腕を、ぐいっといきなり引き上げる。 「わっ!?」  しゃんと立たされかけた俺に覆いかぶさる、大きな影。その存在を感じたときには、声が出せなかった。  押しつけられる唇が、加賀谷とキスしていることを表していたから。  空いている左手で殴ろうとしたのに、その動きを察知して、加賀谷の右手がそれを止める。 「あっぶねぇ、ナイスキャッチ」 「何がナイスキャッチだ、ふざけるな! 俺のファーストキスを返せ!!」  加賀谷に両腕を掴まれた状態だったが、振り解かずそのままにし、怒りが収まらない気持ちを込めるように、大声で訴えてやった。 「え? 笹良ってば、ファーストキスだったのか」 「そうだよ、はじめてだ。おまえみたいに、モテる男じゃないんでね」  舌打ち混じりに顔を背けたら、ちょっとだけ笑う声が聞こえてきた。 「ふふっ、そうか。よかった」  背けていた顔をもとに戻して加賀谷を睨んでみるが、まったく通用していないらしい。情けないくらいに、顔がニヤけていた。 「全然よくないだろ。嬉しそうな顔するな」 「安心しろ。ファーストキスは大抵、肉親に奪われているものだって」 「説得力のあるはなしをしているようだけど、そんなことくらい知ってる。ああ、もう。はじめてのキスの相手が男って、何の罰ゲームなんだ」 「罰ゲームのつもりでしたんじゃない。俺は真剣なんだ」  両腕を引き寄せながら顔を近づけて告白されても、俺にとってこの行為自体が罰ゲームになっていた。 「いい加減にしてくれ。さっきから無理だって言ってるだろ」 「笹良……」 「すごく迷惑だ。こんなときだからこそ、空気くらい読めよ」  無神経な加賀谷に怒鳴るのも面倒くさくなり、覇気のない声で言うと、掴まれていた腕が投げる感じで手放された。その衝撃で目元に溜まっていた涙が、すーっと頬を伝っていく。  次の瞬間、息が止まるくらいに、躰を強く抱きしめられてしまった。 「加賀谷、放せって」 「泣くようなことしてごめん。嫌がることばかりしてごめん」 「だったら」 「わかってるけど、放したくはないんだ。泣かせることをしてるって、頭ではわかってるのに、笹良を放したくなくて」  俺の肩に額を当てながら、何かに耐えるように震える加賀谷の躰に、そっと両腕を回した。 「さ、さら?」 「なんで俺なんかを好きになったんだよ、やっぱりバカだろ。っとにバカ、なんだから」  加賀谷の震えが止まったと同時に、今度は俺の躰が震えだす。嗚咽を何とかするのに必死だった。両目から溢れ出る涙の熱を感じたら、余計に止められなくなる。 「バカでごめん。でも笹良が好きなことは事実なんだ。それを捻じ曲げたりできないから、その……」 「うっ、治る見込みのないイップス持ちで……。大学でも目立たな、ぃように、隅っこにいる俺が好きって、相当変わって、る」  肩から顔をあげた加賀谷は、情けないくらいに泣きじゃくっている俺を見るなり、苦笑いしながら優しく頬を拭った。あたたかいその左手を感じたお蔭で、躰の震えがおさまっていく。

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