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第1話

「おはよう」 「おはよう、至。誕生日おめでとう」 「ありがと……」 「何よ、誕生日だっていうのにテンション低いわね」 「……夢見が悪くて」  俺はあくびをしながら洗面所に向かった。  そうだよ。今日は誕生日なんだから、気持ちを切り替えていかないと。  あんなのは夢だ。俺には関係ない。  あれは、俺じゃないんだから。  勢いよく水を顔に浴びせて、気合いを入れる。  夢なんかに引っ張られるな、至。  寝ぐせだけ直して、俺はリビングに戻った。  いつものように母さんの用意してくれた朝ごはんを食べて、食後にお気に入りのオレンジジュースを一気に飲み干す。  よし。いつも通りだな。  頭の中もスッキリしてきた。大丈夫、いつもの俺だ。 「至。今日は早く帰ってきなさいよ」 「夕飯何?」 「外食」 「よっしゃ。寿司?」 「近所の回転寿司でいいならね」 「なんだよ、回るのかよ」 「うるさいわね。ちゃんとしたレストランよ。だからさっさと帰ってくるのよ」 「はーい」  一度くらいは回らない寿司屋に行ってみたかったのに、残念だな。  まぁいいや。普段はいけないようなちょっとお高めのレストランだってことは分かってる。  俺は無駄に分厚い肉を食うのを楽しみにして、制服に着替えて学校に行く準備を済ます。 「大丈夫。大丈夫だ」  姿見に映る自分に言い聞かす。  なんだろう。いつから始めたのか覚えてないけど、出かける前にこうするのが俺の癖になってる。  こうしないと一日落ち着かなくなる。 「っし」  カバンをもって、俺はデカめの声で「行ってきます」と言って家を出る。  今日も、一日が始まる。  いつもと変わらない。少しだけ特別な一日が。  ―――  ―― 「至ー! 誕生日おめでとー」 「おーサンキュー」  教室に入ると友達数人が駆け寄ってきてくれた。  こういう日はやっぱり特別な感じがしてちょっと気分いいな。 「今日の放課後、みんなで遊びに行こうぜ。ジュース一つくらいは奢ってやるぞ」 「ケチくせーな! でも今日は駄目。家族で飯食いに行くから」 「何、寿司? 寿司?」 「俺もたっけー寿司が良かったんだけど却下されたー」  そんな話をしながらバカみたいに笑ってると、幼馴染の岬悠斗(みさきゆうと)が呆れた顔をしながらこっちに来た。 「お前ら、騒ぎすぎだろ」 「いいじゃん。俺、お誕生日様だし?」 「はいはい。ほら、おめでとう」 「おおー! さっすが悠斗! ありがとー!」  悠斗が小さな包みを渡してくれた。  毎年、ちゃんとこうして誕生日プレゼントくれるのは悠斗くらいなものだよな。几帳面というかなんというか。 「なになに、何貰ったの」 「この薄さと形からして……ゲームだな!」 「当たり。この前欲しがってた新作」  さすが悠斗。付き合い長いだけあって、俺の好みをよくわかっていらっしゃること。  でも新作のソフトって高いのに良いのかな。まぁ俺も悠斗の誕生日は奮発してやるか。  こういうプレゼントに値段がどうとか口出すのは野暮だもんな。 「悠斗の誕生日も楽しみにしててくれよ」 「期待しないで待っててやる」 「期待はしろよ! 去年だってお前の好きなアーティストのライブDVDあげたじゃん」 「すでに持ってたやつだったけどな」  そうだった。一番新しいやつを買ったつもりだったけど、実は二作くらい前のやつだったんだよな。  おかしいな。ちゃんと調べたつもりだったのに。 「至はちょっと抜けてるよな」 「失敬な」  悠斗は一言余計なんだよ。  まぁそれを差し引いても十分良いやつなんだけどさ。おかげで昔から助けられてきたし。  悠斗とは小学生の頃から一緒で、俺が筆箱を忘れたときに鉛筆を貸してくれたのがキッカケで仲良くなったんだよな。  しかも家も結構近くて、それからしょっちゅう一緒に遊んでたっけ。親同士も直ぐに仲良くなったし、お互いの家に泊まったりすることもよくあった。  高校も俺が悠斗と一緒のところに行きたくてかなり勉強したんだよな。この高校、そこそこレベル高くて苦労した。  そのときも悠斗にはお世話になったな。かなりスパルタだったけど。 「明日の放課後はみんなで遊びに行こうよ」 「行く行く! 誕生日が二回続けてきたみたいだな」 「じゃあ決まりだな」  チャイムが鳴り、俺たちは自分の席に着く。  誕生日っていいな。自分がちょっと特別になった気分になれるし。  一時間目の数学もいつもならテンション上がらないけど今日なら何でも解けそうな気分だ。あくまで気分だけで何でもは解けないけど。俺、数字見てると頭痛くなる人だから。  ホームルームを終え、最初の授業が始まる。  いつも通り。何も変わらない。  大きな変化もない。小学校の頃みたいに脱走する生徒もいないし。  俺の周りはいつだって平穏そのものだ。  それでいい。  それがいい。  それなのに、俺の心はいつも何はざわついてる。  誰かと話してるとき、何かに夢中になってるときは忘れられるけど、こういうふとした瞬間に思い出してしまう。  いつもの、夢のこと。  最近は夢の中だけじゃなくてボーっとした瞬間にも脳裏を過ぎってくる。  俺は夢の中でいつも誰かの腕に抱かれてる。  真白と呼ばれる人がその目で見てきたもの。その人の人生という映画を延々と見せられてるという感じだ。  その人は小さな村に住んでる人で、おそらく女性。小さな村に住んでて、気付いたらどっかの祠みたいなところに居た。間が飛んでるから分からないんだけど、多分その人は生贄にされたんだと思う。  でも、そこで誰かとずっと幸せそうに過ごしているんだ。一緒にいる人が誰なのかは分からないし、どういう経緯でそうなったのかは夢でも見てないから知らないけど、その人とはまるで恋人同士みたいだった。  その夢をみてるときは物凄く満ち足りた気持ちでいっぱいなのに、夢の終わりはいつも悲しい。  今日の夢は特にそうだった。  張りさせそうな胸の痛みで目を覚ました。  本当に身を裂かれるんじゃないかって思うほどに。  なんでだろう。  彼女にとって、あの人は一体どういう存在だったんだ。  どうでもいいと。  どうせ夢の出来事だと思うながらも。  あの人のことを知りたいと思う自分がいる。  なんで。どうしてなんだ。赤の他人のことなのに。  教科書をジッと眺めながら思い耽っていると、段々と睡魔が襲ってきた。  やっぱり数字を見てると眠くなるんだな。  でもさすがに一時間目から寝るのはよくない。いや、居眠りは何時間目だって駄目なんだけど。  最近、あの夢のせいでちゃんと寝れてる感じがしないせい。駄目だ。眠気に勝てない。  ヤバい。  もう、抗えない。  こういうとき、窓際の席って駄目だ。今日は日差しが丁度良い暖かさで、これで寝るなっていう方が無理。  だめ、もう。  何かに引っ張られるみたいに、俺は夢の中に誘われていった。

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