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第3話

 授業が終わり、俺は机に突っ伏した。  もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。思いっきり引っ掻き回されたような感覚。  とても不快で、ただただ悲しさしかない。  夢の中の出来事なのに、大声出して泣きたくなる。 「おい、至。大丈夫か?」  俺は顔を上げず、手だけひらひらと動かした。  大丈夫ではないけど、今の感情を言葉に出来そうにない。 「急に大声出してビックリしたぞ。変な夢でも見てたのか?」 「……まぁ、そんなとこ」 「お前、顔が真っ青だけど本当に大丈夫なのか?」 「うん……」  俺の頭を悠斗が子供をあやすみたいに撫でてくる。  ちょっとだけ落ち着いてきたかもしれない。  せっかくの誕生日なのに、最悪だ。  変な夢見るし、恥かくし。 「具合が悪くなったらすぐ言えよ?」 「ああ……ありがとう、悠斗」  ポンポンと頭を撫でて、悠斗は自分の席に戻っていった。  まだちょっと手が震えてる。  やっぱり帰ったほうがいいかな。いや、でも今は一人になりたくない。余計なこと考えそうで怖い。  自分が、分からない。  教室にいるのに、そこにいるのが自分じゃないような気さえする。  確かに俺はここにいるのに。  ここにいるのは俺なのに。  最悪だ。  最悪の誕生日だ。  ―――  ――  気持ちが沈んだまま、放課後になった。  今日は一日が長く感じた。一分過ぎるのがこんなに遅く感じたのは初めてだ。 「至、送るよ」 「悠斗……でもお前、部活は」 「休むって伝えてきた。そんな状態のお前を一人で帰せないだろ」 「……ありがと」  ヤバい。俺、いま泣きそう。  こういうとき、本当に気の利く親友がいてくれて助かるな。  俺は悠斗の厚意に甘え、一緒に帰ることにした。悠斗はいつも部活があるから、こうやって一緒に帰るのは久しぶりだ。小学生の頃は毎日一緒に登下校してたのに。 「なんか、懐かしいな。こうやって一緒に帰るの」  悠斗も同じことを思っていたのか、クスクスと笑みを零しながら昔の話をしてきた。  俺が下校途中で公園によって全身砂だらけにして親に怒られたこととか。犬に追いかけられて大泣きして帰ったこととか。 「お前、余計なことしか覚えてないな」 「そういうことばかりしてたからだろ。今日は大人しくしててくれよ。公園になんか行かないからな」 「行く気なんかねーよ!」  幼馴染ってのはこういう昔の恥ずかしいことまで共有してるから嫌だな。喧嘩もしたことはあったけど、基本的にずっと一緒だった。大体喧嘩の理由もくだらないものばかり。俺が勝手に怒って無視するんだけど、寂しくなってすぐに謝っちゃうから仲直りが早いんだよ。  俺らはそんな懐かしくてくだらない話に花を咲かせながら帰路を歩く。  歩き慣れた道。変わらない風景。  でも、なんだろう。  まだ心が落ち着かない。むしろ、どんどん息苦しくなっていく。酸素が足りてない。  平静を保ってるつもりだけど、ちゃんと俺の顔は笑えてるか?  なんで。  なんで、こんなに周囲は気になる。  勝手に俺の目は周りを見渡してるんだ。  あの夢のせいなのか。 「……なぁ、至。なんか気になるものでもあるのか?」 「え?」 「いや、なんかキョロキョロしてるから」 「そうか? そんなことは……」  ふと、俺の目は一点を見たまま動かなくなった。  体が。  足が。  俺の何もかもが、その場で止まった。  息。息の仕方。どうやるんだっけ。動け。動いてくれ。  ああ。どうして。  そこにいる男から目が離せないんだ。 「おい、至。至? どうしたんだよ」  悠斗が俺の肩を掴んで、体を揺らしてる。  俺にも分からないんだ。どうしちゃったんだ、俺。  少し遠くにいたその男は、悠斗の声に気付いたからかこちらを向いた。  陽の光を返して輝く銀色の髪。切れ長の目。この世のものとは思えないほど美しいその人は、俺を見るなり目を大きく見開いてこっちに駆け寄ってきた。  やめろ。  やめてくれ。  このまま動くな。俺の体。走り出したくなる足を必死に抑えつけながら、泣き出しそうになるのを堪えながら、俺は頭の中で渦巻く感情を否定する。  これは俺のものじゃない。  違う。絶対に違う。 「真白!」  心地良さすら感じるその声が俺を抱きしめながら、俺じゃない名前を呼ぶ。  その声が求めてるのは俺じゃない。  俺じゃない。  俺じゃない。 「ああ……ずっと探していた。お前に会いたかった……」 「……っ」 「真白。約束通り、お前を迎えに来たんだ」 「……っ、がう」 「真白」 「違う!!」  俺は喉が裂けるんじゃないかと思うほどに大声をあげて、その人を突き飛ばした。雑な呼吸をしながら、酸素を取り込む。  目の前の人も、隣にいる悠斗も目を丸くして驚いてる。  俺だって驚いてるんだ。  でも、頼むからやめてくれ。 「お、俺はお前なんか知らない」  そうだ。  あれは夢なんだ。 「俺は真白なんて名前じゃない」  俺は俺だ。  真白じゃない。  お前じゃないんだよ。  真白。  俺はお前になれない。

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