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第5話

「……はぁ」  翌朝。俺は胸の中に違和感を抱えたまま目を覚ました。  いつもの夢を見なかった。こんなの初めてだ。あんなにずっと見続けていたのに。  なんでだ。昨日の夢のせいなのか。  俺が、真白の存在を自覚したから? 「俺は……お前じゃないのに……」  何度この言葉を繰り返しただろう。  なんで俺がこんな気持ちを抱えなきゃいけないんだよ。  俺は重たい頭を軽く振り、嫌な感覚を振り払おうとした。そんなことで何かが変わるわけじゃないけど、何かしらやってないと心が押し潰されそうになる。  制服に着替えてリビングに降りると、母さんが心配そうな顔で俺を見た。 「大丈夫? 顔色悪いわよ」 「大丈夫だよ。本当に、平気」  そうは言っても信用ないだろうな。俺の顔、鏡で見なくてもわかる。絶対にヤバい顔してる。笑顔を浮かべようとしても頬が引きつってしまう。  伸ばしても伸ばしても眉間の皴は寄ったままだし、無意識にため息を出てくる。  もう心配してくださいって言ってるような顔だ。でも吐き出す言葉だけでも気丈に振舞ってないと気が持たない。 「朝ごはん、食べれる?」 「うん。食べるよ」  お腹は空いた。昨日の夜は何も食べてないからな。せっかくのレストランだったのにあの男のせいで行き損ねたじゃんか。一生恨んでやる。食べ物の恨みってのは怖いんだ。  まぁ、もう二度と会いたくないけど。 ――― ――  俺、最悪なフラグ立てたのかな。  いつものように学校へ行こうと玄関のドアを開けると、家の前に昨日の男が立っていた。  昨日は気持ちに余裕がなくてちゃんと見れなかったけど、腹立つくらい顔が良い。現実離れした顔立ちにモデル顔負けのスタイル。その髪の毛は地毛なのか。朝日に照らされて鬱陶しいくらい眩しい。  見てるだけでイラっとする。思わず見惚れてしまいそうな自分にもイラっとする。 「やぁ」 「……どちら様ですか」 「昨日はちゃんと話できなかっただろう? だからお前と話をしに来たんだ」 「知らない人について言っちゃいけないって親に言われてますから」 「知らなくない。お前は俺を知ってるし、俺もお前を知ってる」 「知りませんけど」  こんなことしてたら学校に遅れてしまう。  仕方ない。こうなったら強行突破するしかないか。  俺は深呼吸して、玄関から出た。  そのまま男を押し切って歩き出す。後ろからついてくるけど無視だ無視。 「今のお前の名前を教えてくれないか」 「……」 「今の俺は|赤居凰伽《あかいおうか》。会社を経営してる」 「……」 「まぁ元は土地神だからな。祠の代わりに建てたんだよ」 「……」 「あそこは一種のパワースポットだから会社の売り上げもうなぎのぼり。昔は祠から出られなかったけど、時代が変わったことで俺も動きやすくなったもんだ。人間たちから信仰心がなくなったからだろうな」  こっちはずっと黙ってるってのに一歩的にベラベラと喋り続けていやがる。  てゆうか赤居凰伽って名前、メッチャ知ってるんですけど。あのDカンパニーの社長じゃん。Dってもしかして龍神だからドラゴンのDを取ったのかよ。安易だな。昔の人だから考え方も古いのか。 「それにしても、こんなに近くにいたんだな。この土地にいることは分かっていたからずっと捜していたんだ。俺の力も弱くなったものだな」 「……」 「なぁ、そろそろ名前くらい教えてくれないか?」 「……」 「お前が真白じゃないって言うなら、ちゃんとお前がお前である証明をしてくれ。そうでなければ俺はお前を真白と呼ぶしかない」  その言い方はずるい。  このままだんまりを決め込んでたら、俺が真白であることを認めてしまうみたいじゃないか。  俺は溜息を吐き、嫌々ながら名乗ることにした。 「……至」 「うん?」 「廣瀬至。俺の名前だ」 「至か。お前は今は学生か。もしかして15か?」 「……なんで」 「そんな気がした。アイツが死んだのが、15だったからな」  また真白。  そいつが死んだのが15歳だったからなんだよ。俺の人生は真白の続きじゃないんだぞ。  ふざけんな。コイツの口から真白って名前と聞くたびにイライラする。俺が否定されていくみたいで凄く嫌だ。 「至。俺はお前を捜していた」 「……真白の代わりにするつもりなのかよ」 「代わり? まさか、アイツはアイツだ。生まれ変わったからって、お前が真白になるわけじゃない」 「……じゃあ、なんで」 「お前を捜していたのかって? 俺がお前を愛してるからだ」 「はぁ?」  意味が分からない。  俺が真白じゃないっていうなら、俺のことを好きになる意味が分からない。俺とこいつは昨日会ったばかりだっていうのに。  そんなのおかしいだろ。こいつはやっぱり、俺が真白の生まれ変わりだから好きだって言ってるだけじゃないか。ふざけるな。 「俺はお前のこと知らないし、好きじゃない」 「そうだろうな。俺とお前は会ったばかりの他人だもんな」 「だったら、なんで」 「俺は何度だってお前を、お前の魂を求める。その魂を、心を、俺は愛してる」  もっと意味が分からない。  結局それは、俺じゃない。だって、魂なんて目に見えないもの俺には関係ないし。どんなに真白と同じ魂であったとしても、俺が真白じゃないように、人が変われば心だって変わるはずだ。  こいつが見てるのは、俺自身じゃない。  俺は、そう思う。結局真白の代わりにしたいだけだ。 「……ふざけんな。そんなの、俺じゃない」 「いや。お前だ。今ここにいるのは、俺が探し続けた魂。俺の愛した心だ」 「知るかよ。お前が愛したのは真白なんだろ」 「ああ。確かに俺は真白を愛した。真白の心を、魂を」 「だったら、それを俺に押し付けるな」 「……なるほど。それが今の心か」 「ああそうだよ! 俺はお前が嫌いだ!」  そう言い切って、俺が走り出した。  追ってくる気配はない。  諦めたんだろうか。  とにかく、アイツの言い分は俺が納得できるものじゃない。  なんだよ、魂とか心とか。  てゆうか当たり前のように話しちゃってたけど、なんで俺は生まれ変わりとか心とか魂とか、何そういうものを受け入れた前提で話してんだよ。  傍から聞いたら中二病全開の会話だぞ。  夢の中の話を、俺はすんなり受け入れてしまったというのか。あれが俺の前世で、実際にあった記憶なのだと。  アイツと話してると、なんか調子狂う。 「……はぁ」  最悪だ。  何が最悪って、目が覚めた時の違和感がどっかいっていたことだ。

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