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第6話

 思いっきり走ったせいで少し乱れた息を整えながら、俺は教室に入る。  いつも通りの教室。それぞれが朝の時間を過ごしてる。今まで通りの当たり前の風景。変わらない光景に俺は少しほっとした。  いつものように挨拶をしてくれるクラスメイト達に安心しながら俺は自分の席に着く。 「至、おはよう。今日は大丈夫そうだな」 「おはよう、悠斗。ああ、昨日は悪かったな」 「いいんだよ。それより、昨日の奴は大丈夫だったか?」 「あ、ああ……人違いだったみたいだな」 「そう、なのか? それならいいんだけど」  あまり腑に落ちてないみたいだけど、これ以上は俺にも言えない。  さすがに前世がどうとか夢がどうとか話し始めたら頭のおかしい奴になってしまう。  それだけは嫌だ。そんなんじゃないのに痛い奴認定されるのだけは絶対に嫌だ。  ただ、アイツもそんな簡単に引き下がるかどうか分からないけどな。 「今日はどうする? 遊びに行くの、やめておく?」 「え? あー……そういえば母さんにも何も言ってないや。どうすんだろ……」 「じゃあ、おばさんに連絡してみなよ。もし外で食べるんだったら早く帰らないとだろ?」 「そうだな。メール送っておく」  俺はスマホを出し、母さんに今日の夕飯どうするのかメールを送った。  昨日は心配かけたし、何もなくても早めに帰ったほうがいいかな。今朝もずっと不安そうな表情してたし。  そういえば昔、小さい頃は夢みた後は泣いてばかりいて母さんを困らせていたな。  あの夢が怖くて、毎日毎日同じ夢ばかり見るから寝るのが嫌だった。  段々と感覚がマヒしてきたのかその夢にも慣れてきたけど、それまでは自分だけおかしいんじゃないかって不安だったな。  それもこれも、全部あの男と真白のせいだ。  前世がどうだったか知らないけど、今の俺を巻き込むんじゃねえよ。  おかげで俺が苦労するんだ。迷惑でしかない。  俺は、前世とかどうでもいい。  好きになる人だって、俺自身が決めるんだ。前世とか運命とかそんなものに左右されたくない。 「もし具合が悪くなったら言えよ」 「心配性だな。もう平気だって」 「心配にもなるだろ。昨日のお前、変だったし」 「平気平気! もうすっかり元気だって」  ニカっと笑って見せると、悠斗はやれやれと言うように笑った。  もうみんなに迷惑をかけたくない。昨日みたいに気持ちが落ち込んだりもしてないし、心配することといえばあの男くらいだ。  友達がいるときに今朝みたいな話をされると困る。そこをどうするかだよな。  俺は顔までは知らなかったけど、赤居凰伽はかなりの有名人だし、まとわりつかれたら迷惑だ。  いや、むしろそれだけ有名人なわけだし、大手企業の社長様なんだから俺みたいな一般人になんかに構ってる暇なんてないよな。 「あ、数学の教科書忘れた!」 「何してんだよ、お前」 「あーどうしよう悠斗!」 「早く他のクラスの奴から借りて来いよ」 「行ってくるー!」  俺は慌てて隣のクラスの友達に教科書を借りに行った。  危ない危ない。昨日は何もできなかったから、何の準備もしてきてないや。  今日、体育がなくてよかった。ジャージも持ってきてないもんな。 「あ、そういえば」  俺はあることを思い出して急いで教室に向かった。  教科書より大事なものを忘れていた。これは死活問題だぞ。 「悠斗悠斗!!」 「なんだよ。教科書借りられなかったのか?」 「そうじゃねーよ! 俺、財布も忘れた!」 「はぁ?」 「だから昼飯の分だけ貸してくれないか?」 「……ったく。仕方ないな」  教科書なくても困らないけど飯が食えないのは大いに困る。  腹が減っては戦ができない。 「いやぁ本当に悠斗がいて助かったよ。ありがとーな」 「色付けて返せよ」 「ジュース一本でいい?」 「安いなぁ」  そんなこと話してるとチャイムが鳴った。  俺らは自分たちの席に着き、またいつものように授業が始まる。  いつも通りだ。  今朝のことを除けば、まぁいつも通りだな。  このままでいい。俺は、このままでいたい。  俺の心を、揺さぶらないでほしい。  俺は、もう自分の知らない、自分のことじゃない過去に惑わされたくない。 「……わかってくれよ、真白」  誰にも届かない声で呟く。  大丈夫。大丈夫だ。  俺は、俺なんだ。お前の代わりになってやれない。

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