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第7話

 小さい頃、ハッキリは覚えてないけどよく泣く子だったと母さんが言っていた。  いつも何かを探してて、それが見つからないって言ってわんわん泣いていたって。  当時のことなんて覚えてないけど、今なら分かる気がする。  まだ幼くて自我がハッキリ出来てなかったから、真白の記憶と自分の記憶がゴッチャになっていたせいなんだと思う。  だから夢でずっと見てた真白の記憶を自分のものだと勘違いして、ずっと朱華を捜していたんだ。でも俺はまだ幼くて何を探してるのかがよく分かっていなかったから、いつも見つからないって言って泣いていたんだ。  昔の話をするとき、母さんは本当に心配してたのよって言っていたっけ。  なんでそんな行動をするのかわからなくて、もう少しで病院に連れて行くところだったって。  でもそうなる前に俺がその不可解な行動をしなくなったから、安心したらしい。  多分、少しずつ思うようになったんだ。  これは俺の記憶じゃないって。俺はなんで見ず知らずの人を捜しているんだろうって。見つかるわけもないのに。  それからは、夢だと割り切った。  これは夢だから。俺には関係ないからって。  実際、俺には関係ないことだ。だってアイツが何と言おうと俺は俺で、真白なんていう昔の人じゃないし、真白のことも朱華なんて神様も知らない。俺自身が見たり聞いたりしたことじゃないんだ。そんなことで頭を悩ますのは馬鹿らしい。  それから俺は、考えないようにした。  捜さないようにした。  知らない何かを探すなんて、馬鹿みたいなこと。  そうすることで、俺は自分の心を守ったんだ。俺が俺であるために。 ――― ――  今日も何事もなく授業を終え、俺は深く息を吐いた。  うん。今日もよく学んだ。何を学んだかはあまり覚えてませんけど。 「至。今日はどうする?」 「あ、そういえば母さんからのメール見てなかった」 「お前な……」  俺はカバンに入れたスマホを取り出し、メールを確認する。  昼過ぎに来ていた母さんからのメールを見ると、今日は父さんが遅くなるから明日ご飯に行こうって書いてあった。  そうか。早く帰ろうと思ってたけど、気晴らしにみんなとどっか寄っていくのもありだな。 「今日はどっか寄っていこうぜ」 「ああ。俺は暇だからいいぞ」  他の友達にも声をかけて、俺らはゲーセンに向かった。  こうやってみんなでバカ騒ぎしながら遊んでると、なんか色々と忘れられていい。心配するべきなのはお金を使いすぎないことくらいだ。 「あー!! また取れなかった!」 「至、お前下手くそなんだから諦めろよ」 「いやいや、今のは惜しかっただろ!」  クレーンゲームの前で30分くらい格闘してるが、一向に取れる気配はない。それでも俺はこの勝負から降りるわけにはいかないんだ。  コイツを俺はゲットしたいんだ。ぽちぽんの人気キャラ、ペコチュウを。 「俺の家に来い! 来い! 来いいいい!」  最後のボタンを押し、俺は弱弱しいアームに持ち上げられるぬいぐるみを見守る。  このまま落ちるなよ。ちゃんとしっかりこいつを支えてくれ。  頑張れ、お前は出来る子だろ。信じてるよ。信じてるからな! 「もうちょっと! もうちょっとだぞ!!」  不安定に揺れながらぬいぐるみは落とし口の方へ向かっていく。  さぁ、来い。来い。そうだ、良い子だ。  頑張れ、頑張れ、頑張るんだ! 「いけいけいけ……っああああああ!!」  俺の願いは空しく、ぬいぐるみは落とし口の手前で落下してしまった。  くそ、俺の三千円が溶けていった。  なんてことだ。これから俺はお昼をパン一つで過ごさなきゃいけなくなる。  こうなる前に止めておけばいいのに。なんでクレーンゲームってやつを前にすると俺の理性が働かないんだ。 「悠斗ー! 俺、明日からどうやって生きていけばいいんだー」 「自業自得だろ」 「ヤダヤダ! 俺はペコチュウがほしいんだ!」 「ったく……」  俺が小さい子供みたいに駄々をこねてると、悠斗はお金をクレーンゲームに投入して、操作し始めた。  俺がやった後だから配置も悪いし、そんな簡単には取れないだろ。 「はい、取れた」 「え!?」 「ほら。誕生日プレゼント」 「マジかよ!? いいのか? 昨日も貰ったぞ」 「いいよ、100円だし」 「俺には三千円の価値があるんだよ!」  なんだ、コイツのイケメンっぷりは。  そんな簡単に取るとかズルいぞ。女子に絶対にモテるやつじゃんか。  ズルい。そのスキル俺も欲しい。 「俺、いま悠斗のこと一瞬嫌いになりそうだった」 「なんでだよ」 「イケメン嫌い」 「意味が分からん。じゃあこれはいらないのか?」 「いります」  もちろんそれは俺のものだから。  俺のプレゼントだって言ったんだから、もうそれは俺のだよね。  悠斗からぬいぐるみを受け取り、俺の気分は上々だ。  いつもこんなだったらいいのに。 「あ、至。そろそろ帰らないと」 「え、もうそんな時間?」 「もうそろそろ18時か。注意される前に出ようぜ」  俺らはそれぞれ手にしたプライズ景品を持ってゲーセンを出た。  昨日とは違って今日は良い日だ。  やっぱり男子高校生の放課後ってこういうものだよな。あんな訳の分からないものに振り回されるのなんてごめんだ。  大丈夫。大丈夫だ。 「……なぁ、至」 「なに?」  帰り道、悠斗が今まで見たことないような何とも言えない顔でこっちを見てる。  なんだよ。物凄く気まずくなる。俺、何か変なことしたっけ。このぬいぐるみのことか? お前も欲しくなったのか。確かに可愛いもんな。 「いや、俺の気のせいだったらいいんだけど……昨日の奴とは本当に何もなかったのか?」 「え?」 「いや、なんか今日一日ちょっと様子が変だったから」 「変って?」 「ああ。なんて言えばいいのかな……ちょっと雰囲気が変わったというか」 「雰囲気……?」  俺、なんか変わったかな。  昨日の俺と何が違うっていうんだ。確かに色々あったけど、外見に変化はないはずだぞ。 「ごめん。うまく言葉に出来ないや」 「……そ、そうか」 「なんていうのかな。朝会った時、昨日までの至と今日の至は少し別人のような感じが一瞬だけしたんだ。いや、ちょっと違うかな。何か憑き物が落ちたというか……駄目だ、やっぱり上手く言えない」  驚いた。悠斗の言ってることは的を射てる。  憑き物って表現が合ってるのかどうかは分からないけど、確かに俺は真白の夢を見なくなった。多分、昨日が最後だったんだ。  アイツが言っていた。真白は15歳で死んだと。俺がその年を迎えたから、俺の中からも消えたんだと思う。  まぁ、ずっと俺にまとわりついていたものが消えたことで今朝は違和感だらけだったけど。 「いや、合ってるかもしれない。俺もうまく言葉に出来ないけど」 「そっか。まぁ平気そうだからいいんだけどさ」  さすが幼馴染。そんな目に見えないような変化に気付くなんてな。  俺、そういうの気付けるかな。悠斗が凄いだけなのかな。 「ありがとう。悠斗はすごいな……」 「そりゃあ、幼馴染だし。ずっと一番近くにいたつもりだから」 「そうだな。お前には助けられっぱなしだよ」 「もしまた昨日の奴に何かされたら言えよ」 「大丈夫だって」  やっぱり持つべきものは親友だな。  これで悠斗が朱華の生まれ変わりだったら、俺はすんなり受け入れてたかもしれないな。  なんて、そんなわけないか。  そんな簡単じゃないよな。  そんなんで済むなら、こんなに悩みはしなかった。

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