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第9話

 翌日の朝。学校へ行くために玄関のドアを開けて、俺は思いっきり溜息を吐いた。  またアイツが、赤居凰伽が家の前にいたからだ。  そこにいるだけで無駄に目立つから嫌だな。 「……何なんですか」 「おはよう、至」 「家の前で待ち伏せとか止めてくれませんか。訴えますよ」 「仕方ないだろ、昼間は忙しいんだ。そろそろ社長辞めようかな」 「……どうでもいいんで、俺に付きまとうのやめてください」 「それは無理だ。俺はお前に会いたい」  軽々しくそういうこと言いやがって。本気で腹立つ。  俺はお前なんかに会いたくもない。もう二度と会いに来てほしくなのに。  お前の顔を見るだけで俺の心の中がグチャグチャになる。余計なことばかり考えてしまう。  だから会いたくない。 「……昨日も言ったけど、俺はお前なんか嫌いだ。だから顔も見たくない」 「俺はお前が好きだから顔も見たいし声も聴きたい」 「ストーカーで警察に突き出すぞ」 「俺に人間の法なんか関係ない。そんな簡単に捕まると思うなよ」 「うっぜぇ」  厄介なのに付きまとわれてしまった。  知り合いに見られたらなんて言い訳すればいいんだよ。前世なんて頭の痛いワード使いたくない。でもそうなるとコイツと俺の繋がりなんて一つもない。ただの高校生と一流企業の社長なんて親戚でもない限り接点ないだろ。  本当に厄介。てゆうか面倒くさい。 「至。俺は何も考えずに同じ魂だから好きだと言ってるんじゃない。昨日の言い方で勘違いさせたかもしれないけど、俺はちゃんとお前だから好きだと言ってるんだ」 「俺のこと何も知らないくせに」 「確かに至自身とは会ったばかりだが、残念ながら俺は人と違う。人間の容姿とかそういったもので好意を抱かない。人の本質。魂……心に惹かれてしまうものなんだ」 「だから、それが意味わかんねーんだろ」 「同じ魂でも、真白とお前は心が全く違う。まぁ、分かりやすく言えば性格が違う。でも俺は、お前を好きになった。真白ではない、至の心に惹かれた。人間には見えないものだろうけど、その心の輝きに俺は惚れたんだ」 「恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ」 「仕方ないだろ、本心だ。お前の心は柔らかくて暖かな光を放ってる。一目見て、好きだと感じた」 「俺には分かりませんね。あんたと違って、俺には心だとか魂だとか理解できないんで」 「だから、俺の心が分かるまでお前に会いに来るよ。何度でも、何度でも」 「俺、さっき何て言ったか覚えてます?」 「お前の気持ちが変わるまで、俺は諦めない。俺は俺の意志だ。俺が至を好きでいるのは俺の自由だろう? それとも誰かを好きになるのに許可が必要か?」 「……それは、いらないけど」  ここまで直球に来られると俺も強気に出られないじゃないか。  本当に、ズルい奴だ。  そうやって真っ直ぐ、自分を偽ろうともせず俺に向き合おうとする。俺の知ってる、真白の記憶で見たコイツのままだ。  大手企業の社長ならその肩書だけでどんな人でも付いていきそうなものなのに。  お前はそうやって、自分の心に正直に生きているんだな。  神様のくせに、人間である俺なんか相手にして馬鹿じゃないのか。 「……俺は絶対に、お前を好きにならないからな」 「頑張るよ」  頑張るってなんだよ。  神様ならなんかそれっぽい力とか使って俺の気持ちくらい簡単に変えられそうなのに。 「お前、神様なんじゃないのかよ」 「お前が思ってるような力はないぞ。俺はもう昔ほどの力もないし、もう崇められるような存在でもなくなった。神力は人からの信仰心があって使えるものだ」 「……ふぅん」 「まぁ、やろうと思えば人の思考くらい操れるけど」 「出来るんじゃねーか」 「出来るからって使わないぞ。言っただろ、俺はお前の心が好きなんだ。そんなことしたら、お前がお前じゃなくなる」 「……あっそ」 「一応、俺も社長だしそれなりに人気もある。そういった意味ではある種の信仰心に近いものがあるからな。そういうのを糧に力を行使できるけど、今の世の中ではそんな力は無意味だ。だから俺は人よりも長生きなカッコいいお兄さんってところだな」  自分でカッコいいとかいうなよ。  事実だから反論できないじゃん。ムカつく。 「もっと話したいけど、人目に付くとお前が嫌だろ」 「……まぁ、そりゃあ」 「それじゃあ、また明日な」  ポンと俺の頭に手をのせ、アイツは学校とは別の方向に歩いて行った。  放課後に来ないのは、俺が人といるところをみられるのが嫌だからなのか。確かに放課後は大抵友達と帰ってるし、そこでアイツにいられたら困るけど。 「……あれ」  ふと、俺は周りに人が通り過ぎていくのに気付いた。  アイツといるときは誰ともすれ違わなかったのに、なんで急に。  もしかして、それもアイツの力なのか?  なんかこう、人払いするような何かをしていたとか。  朝なら登校するときは一人だし、俺自身も気を使わない。  なんだよ、それ。そうまでして俺といたいのかよ。 「……馬鹿じゃねーの」  マジで、恥ずかしい奴。  俺はほんの数分、その場から動けなかった。  口元が勝手に緩む。ニヤけてるのか、泣きたいのか、分からない。  だから嫌なんだ。お前に会うと、心が掻き乱される。  グチャグチャになった感情をどう整理すればいいのか分からないよ。

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