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起源6 風見鶏は頭上で踊る

「おい、大丈夫か」  自分の身体が強く揺さぶられていることにリシャールは気づいた。  まだぼんやりとした頭で必死に経緯を思い出そうとする。 「急に意識をなくしたから驚いた。あの毒のせいじゃないかって、俺——」  半泣きのジュリアンが抱きついてくる。  ああ、そうか。ジュリアンとの最中、自分は気を失っていたのか。だからあんなおかしな夢を。  そう納得しかけて、きりきりと痛む胸があれが幻想ではなかったことを思い出させる。あそこで自分の胸を貫いて倒れた。つまり死神と契約を交わしたということだ。  天は自分を見捨ててはいなかったのだ。  リシャールはジュリアンを抱きしめ返しながら、自分の口角がひとりでに上がるのを止められなかった。 「何でもない、心配させて悪かったな」 「お前は俺をいつも不安にさせてばっかりだ。何か悪いものでも憑いてるんじゃないのか。——そうだ、今度、父上の即位記念日に典礼があるからリシャールも来るといい」 「典礼? そんな行事きいたこともないが」 「そりゃそうだ、毎年限られた人間しか参加できない神聖な儀式だからな。そこで国家の繁栄を祈願しに祈祷師が招かれるんだが、リシャールのことも視てもらおう。憑物がとれるかもしれない」  憑物といえば死神しか思い浮かばないが、それこそ魔除けなんてされるわけにはいかない。曖昧に苦笑いを返すと、ジュリアンはさらに眉間に皺を寄せた。 「なにがそんなに嫌なんだよ。典礼に呼ばれる人間は父上の側近の一部と祈祷師くらいで、衛兵なんて同じ部屋にいることすら許されないんだぞ。そんな場所に同席させてやるって言ってるんだ、名誉なことじゃないか」 「衛兵も席を外さないといけないのか」  ぴくり、とリシャールの眉が動いた。 「兵士っていうのは人を殺すのが仕事だろう。邪気が混じるからって祈祷師が同席を嫌がるんだ。使用人たちも追い出されるし家族と忠臣たった数人の寂しい儀式さ。そこにお前がいてくれたら退屈しないんだけどなあ」 「おい、俺を暇つぶしの玩具にするつもりか」  リシャールがジュリアンの首を絞める真似をするとジュリアンはけたけたと笑い転げた。  ——風はこちらに有利なように吹いている。  護衛も使用人も遠ざける儀式、無論国王一家の警護も手薄になる。この格好のチャンス、逃すわけにはいない。 「根負けだ。そこまで言うなら参加させてもらおう」 「本当か! 今年はデュナン公爵も招かれるらしいいし、お前の父上も喜ぶだろうな」  目を爛々と輝かせるジュリアンはまるで無邪気な子どものようだ。こいつの顔が苦痛で歪む瞬間もそう遠くはないと、リシャールはそっとほくそ笑んだ。

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