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エジプト編3 壊れた人形は嗤わない ◆

 身体にこびりついた血と砂埃を濡らした布でそっと拭ってやると、やはり痛むのかジャミルは少し顔をしかめた。それも当然だ。全身傷だらけで擦り傷と打ち身のないところのほうが少ないくらいだ。ひび割れた唇の端は切れ、左頬も赤く腫れているところからすると相当ひどく殴られたらしい。  こんな身体じゃ一人で風呂にも入れまいとぬるま湯に濡らした布で身体を清めてやっているが、ジャミルはなんの抵抗もせずただぼーっとされるがままになっている。 「一体どうなってるんだ、店の客にやられたのか」  なにも話そうとしないジャミルに痺れを切らして思わず詮索する。 「……客、だった人。俺の仕事が気に入らなかったらしい」 「こんな乱暴されるなんてどんなへまをやらかしたんだよ」 「さあ? 抱かれてるとき、声ださなかったらキレられた。あいつが先に殴ってきたから仕返しにぶん殴ってやったらこの様だよ」 「抱かれてるときって、お前も客とってたのか」 「うん、そうだけど」  なんてことのないように肯定するジャミルに絶句する。ジャミルの働いていた店は娼館のなかでも女性が春を売る場所だ。てっきりそこで下男として雇われていると思っていたが、下働きだけでなく客もとらされていたらしい。  よくよく話をきいてみれば酷い話だった。表向きは女が男に身体を売る店だったが、需要に合わせて男を所望する客がいればジャミルがその相手をしていたらしい。そのうちの客のひとりがジャミルの接客態度、もとい抱かれ方に演技がなかったと店主に文句をつけたのが事の発端だった。  そりゃ、普段のジャミルの様子から察するに仕事だからといって喘いだり積極的にサービスするような人間じゃない。あんあん可愛く喘ぐ少年を想像して抱いてみれば気持ちのない人形のようだったとなれば気が落ちるのも仕方のないことかもしれない。だがジャミルの性分は今に始まったことじゃない。それでジャミルを恨むのはお門違いにも程がある。結局店主に求めた返金対応も断られ、逆恨みした客に待ち伏せされて乱暴されたのだという。 「ほかに痛いところはないか」  あまりにも傷だらけなのできりがないが、とりあえず目立った傷に包帯を巻いてやる。 「全身痛いけどもう……あ、」  突然途切れた言葉に驚いて手当てを止めると、ジャミルは俯いて一点のみをみつめていた。その視線の先を辿ると、尻からたらりと一筋こぼれた精液が目に入ってきた。強姦されたんじゃ後処理もしてもらえるはずがない。  このままにしておけば腹を壊してしまう。迷うことなくジャミルの腰に手をかけた。  その衝撃にぴくりとジャミルが身体を震わせるのがわかった。 「何もしないから。ただ、早く掻き出さないと困るのはお前だろう」  いやいやとかぶりを振られるが、このまま放っておくわけにもいかない。 「……自分でやるから触んな」 「自分でやるって言ったって全身痛いんだろう。無理するな」  無理やり尻をこちらに向けさせて肉を割り開くと、そこが痛々しく腫れあがっているのが見てとれた。そっと触れるとまたしてもジャミルの身体がひくりと震える。さっきまで男に陵辱されていたのだ、他人に触られることに抵抗を感じるのも無理はない。そのうえ助けた相手が自分に対して当たりのきつかった男ときている。怖がるのも当然だ。  少しでも早く楽にしてやろうと早急に指を挿し入れる。幸い中に異物が残されていたりはしていないようだ。割れたガラスなんて入れられていたら取り出しようもないし、傷口から感染症だって引き起こしかねない。  それでも無理やり突っ込まれたのは変わらないようで中も切れているにちがいなかった。 「辛かったら声かけるんだぞ」  ジャミルに一言かけてやってからまた作業に戻る。いくら掻き出してもどんどん残滓が溢れでてくる。これは一人分の量じゃない。複数の男たちの仕業だというのが一目でみてとれる。さぞ怖かっただろうに。  しかし身体に触れると反射的な反応を見せるものの、ジャミルの表情にはさほど変化がない。もっと取り乱したりしてもおかしくないはずなのに。  いや、もともとこいつは感情が表に出ない種類の人間だったな。それに恐怖のあまり心を閉ざしてしまっているのかもしれない。とにかく早くなんとかしなければ。  機械的に中のものを掻き出していくうちに、いつしか自分の下でジャミルに変化が起きていたのに気付いた。最初は苦しいのか不快感のためか躊躇いがちに呻き声をあげるだけだったが、今ではふうふうと荒い吐息を漏らしている。 「ジャミル、大丈夫か」  声をかけても返事がない。  もしや具合でも悪くなったのではと身体をひっくり返すと、突然の動きに目をまんまるにしたジャミルがそこにいた。目が合うと気まずそうにふいっと顔を背ける。  視線を下にずらすと既に兆しているジャミル自身が目に入ってきた。  ここでふと、かつて “ジュリアン” に組み敷かれたときを思い出した。あのときは寝込みを襲おうと自分から誘ったのだが、結局失敗に終わった苦い記憶だ。そして今、あのときとまったく同じ顔が目の前にある。  憎悪していた相手に抱かれる苦痛と羞恥心を思い浮かべて身体が熱くなった。あのときの恥辱を今度はジャミルにし返してやるというのはどうだろう。  頭をもたげた場所に直接触れるとジャミルがはっと息を呑むのがわかった。  そうだろう、屈辱だろう。触れられるのも嫌な相手に身体を暴かれる辛さは経験した人間にしかわかるまい。一刻も早くいたぶってやりたい、その顔を苦痛で歪めたい。  逸る気持ちを抑えてジャミル自身を根元から先端にかけて扱きながら本来の掻き出す作業も同時に並行する。 「……んふっ……」  最初こそ控えめだったジャミルも上下運動を繰り返すうちに徐々に熱を帯びて膨らんでいく。中のものも粗方外に出せたことだし、そろそろ解放してやるか。しかしこれでもかというほどぴんと張って熱り立っているにもかかわらず、決定的な刺激には足りないようで苦しそうにふるふると小刻みに揺れている。たまに先端を指先でかりかりと引っ掻いてみたりと手を尽くしているが、露を零して猛りはしても絶頂には辿りつけていない。店の客たちにぞんざいに扱われてきたせいか手を使った強い刺激には慣れているのだろう。  息も荒くしたジャミルの汗ばんだ額から前髪をはらいのけてやるが、目をぎゅっと瞑ってこちらのほうを見ようともしない。  なぜ俺の目を見ない。恨み言のひとつでも言ってやったらどうなんだ。俺が憎いと、俺が忌まわしいと口に出してみろ。  かたく瞑った目を開かせたい一心で夢中でジャミル自身を口に含んだ。 「……ひッ……リ、リヤード……」  反応が一気に変わるのがわかった。根元からゆっくり舐めあげるとどくんと脈打つのを感じ、鈴口をちろちろと舌でさするとジャミルの腰が揺れ、息が大きく深くなっていく。最後にジャミルが堪えきれなかったのかぐっとのけぞった。ほとばしる雫をこぼさないようにじゅるりと吸い上げる。  全身の汗を拭ってやってから息を切らしたジャミルの頭を軽く撫でる。  そういえばジュリアンは事あるごとに抱きついてきたっけ。鬱陶しくて疎ましいことこの上なかったのをふと思い出す。 「ジャミル」  声をかけるとジャミルがゆっくりと目を開いた。動揺、恐怖、怒り、なんでもいい。何某かの気持ちが瞳にあらわれていると思っていた。  ——しかしそこにあったのは虚無だけで、感情はなにひとつ示されていない。  俺が憎んだあいつはこんな抜け殻じゃなかった。少なくとも、俺の知る “ジュリアン” の瞳には常になにかしらの感情の色が浮かんでいた。喜びも悲しみも怒りも狂気も、すべてありありと思い出せる。  だが目の前にいるこいつの瞳にはなにも映っていない。ジュリアンはこんな虚ろな目つきなんてしたことがなかったはずだ。  彼が “ジュリアン” でなければ憎む理由はなにもない。娼館で働く男が倒れていたので助けた。ただそれだけのこと。……いや、弱っているところに託けて乱暴をはたらいた。痛めつけてやりたいと己の自虐心のままに傷つけた。到底許される行為ではない。  ジュリアンじゃないのに、俺は——  かたかたと手が震える。動揺を隠せない。罪もない人間を傷つけてしまった、この事実は消せない。  ぱさり、とジャミルに布団代わりの上着をかけてやる。先ほどまで起きていた彼も疲れ切っていたせいで既に眠りについていた。眠っているのがせめてもの救い、か。もし再びあの瞳でみつめられたら正気を保てる自信がない。  自分の所業を記憶の箱から追い出すように頭を振りながら足早に部屋を後にした。

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