13 / 31

エジプト編5 共鳴には劇薬を少々 ◆

 ずいぶんと人間らしくなったと思う。  今までは無表情でいつも気怠そうにしていて人間というよりもからくり人形のような底知れない不気味さを纏っていた。  しかしここ最近はほんの僅かとはいえ口数も増え、自分の気持ちを声に出すことも増えた。虐げられ搾取され続けてきたジャミルの境遇を考えるといい兆候だろう。  市場へ行ったことがないというから連れて行ってやったときには、初めて見るものばかりだったのか目を爛々と輝かせていた。好きな果物を買ってやると言うと悩みに悩んで長考していたのが実に子供っぽくて意外な側面に頬が緩んだものだ。  あまりにも迷うものだから痺れを切らして無花果はどうかと声をかけるとぶんぶん首を降っていたから、ジャミルは無花果が嫌いなのかもしれない。  しかしそれ以外は食べ物の好き嫌いもないようでよく食べよく寝て、怪我が治ると家中仕事を探して駆け回っていた。まだ本調子でないのだからと諫めると不機嫌そうな顔をしていたが、おとなしく勉強にもよく励んでいる。  情にほだされたとでもいうべきか。 「俺、リヤードがすきだ」  ジャミルに突然そう言われたとき、あまりに急だったので面食らってしまった。  外で働かせず我が家に置くことで気を遣っているのか夜這いをしかけてきたことも多々あった。しかし俺がジャミルをここに住まわせているのは自分の罪滅ぼしのためで、ジャミルに何かしてもらおうというつもりは全くない。  “ジュリアン”のことで頭の中を支配され、自分でもよくわからないまま姿のよく似たジャミルにつらく当たってしまった。今考えるとどうかしていたとしか思えない。これは俺なりの贖罪でもあった。  そう思っていたのにまさか好意を向けられるとは。 「抱いてくれ、お願いだ。リヤードが俺のことを好きになってくれなくてもいい、ただ思い出がほしいんだ」  大の男にそこまで言わせるなんて。耳まで赤くして自分に抱きついてくるこいつがひどくいじらしく思えた。 「わかった、わかったからそう抱きつくな」  ぎりぎりと力強く抱きしめられて少々苦しい。  ジャミルはそれに気付いていなかったのか声をかけると驚いてぱっと手を離した。 「ご、ごめん」 「お前のしてほしいようにしてやるよ、なんでも言ってみな」 「……じゃあ、抱きしめてほしい」  お望みとあれば、と抱きしめてやる。小柄なジャミルの身体は俺の腕の中にすっぽり入り込む。  赤毛の髪に鼻をうずめると石鹸と混じった汗の匂いがした。 「それから?」 「それから? えーと、キスしてほしい、かな」  ジャミルをそっと寝台に押し倒した。汗ばんだ額にそっと口づける。そして右の頬、左の頬、顎先、首筋とどんどん下にキスを落としていく。  くすぐったそうに身体をくゆらせるジャミルをなだめながら身体を撫でさすっていく。 「他には?」 「……この前と同じことしてほしい」  この前? ああ、あれか。  答えさせるたびに顔を真っ赤にして目を白黒させる挙動がかわいく思えて、もっと期待に応えてやろうという気になる。ジャミルの服を脱がすと今後の展開を予想してすでにむくむくと大きくなっていた場所があらわれた。指先でちょんとつつくとふるりと揺れて先走りをこぼす。それだけで感じるのかジャミルが声を漏らした。  ちろりと舌で舐めるとジャミルの腰が揺れた。それに気を良くして全体を口に頬張る。少々きついがやれないこともない。じゅるじゅるとわざと音をたててしゃぶるとジャミルが抗議の意味で俺の髪をつかんできた。亀頭を自分の頬の内側に擦り付けるようにしてやると俺の髪をつかむ手にも力が入る。  しかし質量を増していくそれが消して嫌がっているわけではないことを証明していた。ちゅ、と音をたてて先端にキスを落とすと、唾液を絡ませた舌で竿の部分を舐めあげる。それと同時に陰嚢をやわやわと揉み込んでやるとジャミルの乱れっぷりが激しくなった。その素直な反応が面白い。 「この後はどうしてほしい?」  達かせてほしい、そう返ってくると想像していた。ジャミルの限界がもう近いことは火を見るよりも明らかだった。このまま生殺し状態では話すこともつらいだろう。ジャミルを満足させてやったらすぐに寝かしつけるつもりでいた。  しかし返ってきた言葉はそうではなかった。 「……後ろも触ってくれるか」  思わず耳を疑った。 「抱いてほしいって言っただろ」  このまま達かせたら終わりにするつもりだとジャミルは見抜いていたのか。誘うように揺らめく腰に導かれるまま手を伸ばす。  触れる直前、くぱ、と一瞬だが確かにそこがひとりでに開いた。俺を誘惑するように赤い肉壁が見える。ふうっと息を吹きかけるとまたひくりと震えた。蕾のまわりをくるくると撫でてから遠慮がちに指を挿しこむとそこはなんの抵抗もなくするりと受け入れる。 「ひとりでしてたしもう平気だから」  ジャミルの言葉に身体の中心にどっと熱が集まるのがわかった。  そういえば “リシャール” もこんなことを言ってたっけ。あのときはジュリアンが不満そうにしていたものだが今はその気持ちがよくわかる。  ——なんで今そんなこと思い出したんだ。  またジュリアンのことを考えてしまって自己嫌悪に陥る。その思考を振り払うようにジャミルの後孔にすでに猛った欲望をあてがう。 「はやく来いよ、リヤード」  許しを得たのを確認してからずず、と自分自身を押し込む。反射的にあがる声をおさえようとジャミルが両手を口元にもっていくのでそれを止めようと手を伸ばした。 「声は堪えなくていい」 「でも、……っふ、恥ずかしい……ッから」  恥ずかしがることはないということを示したくて頭を撫でてやる。でもジャミルの嫌がることはしたくない。声をききたい気持ちもあるが本人の意思を尊重しよう。  ゆっくりとジャミルの負担にならないように抽挿を繰り返す。心を狂わすほどの激しさも理性が吹き飛ぶほどの刺激もない。相手を労わる気持ちの強いひどく穏やかな情交だったのだが、それでもジャミルの身体は快感を拾っているようだった。 「……ッあ、こんなに気持ちいいの……初めて、かも」  その言葉にドクンと心臓が脈打つのを感じた。  そのあとのことはよく覚えていない。ただ夢中に、獣のように彼を抱いた。散々手酷くあつかわれてきたこの男をせめて自分だけは優しく抱いてやりたかった。ジャミルの気が済むまで、ジャミルの心が満たされるためならなんでもしてやろうと思っていた。  それなのにその思惑は見事に打ち砕かれた。  以前まではジャミルの瞳にはなんの色も浮かんでいなかった。ただそこに瞳があるだけでなにかを見ているわけでもない。心が冷えるような無がそこにあるだけで、そこを覗くたびに胸が潰れそうになった。  でも今は違う。ジャミルの目をみつめれば濁流のように彼の感情が自分のなかに入ってくるのを感じる。全身が歓喜と愉悦に打ち震えているのが伝わるのだ。  肌のぶつかる音、お互いの吐息、時折快感のために上ずる声、揺蕩うあまい雰囲気。  それらを全身で感じながら俺はジャミルに溺れていった。

ともだちにシェアしよう!