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フランス編4 憧憬を両手にとじこめる◆

 雨で濡れた服を剥がしあいながら抱きあうと互いの体温がよく伝わってくる。自らの下肢にじわじわと溜まった熱と同様に熱く猛ったシルヴァン自身も俺の腹に当たっていた。俺の熱さも向こうに伝わっているのだろうが不思議と恥ずかしさはない。  自分の欲望に抗うことなく自分自身とシルヴァンのものを重ね合わせた。すでに十分なほどに高められた硬度に驚く。纏めて握りながら扱きあげると相手の角度のついた部分が悦いところに当たって腰が揺れた。それは向こうも同じようで時折熱い吐息に混じって上擦った声が漏れ聞こえてくる。  いつまでそうしていたかはわからない。気がつけばシルヴァンの指が自分の後ろに伸ばされていた。肉を割り開かれ蕾のまわりをくるくると撫でさすられる。緩急をつけるように触れられ つぷ、と指をいれられた。  この身体は男を知らないはずなのに“リシャール”の記憶はそれを憶えていた。中のある場所に触れられるとビリビリと電流が走るような快感が駆け巡ること。相手から与えられる刺激に脳が溶けそうになってしまうこと。自分がどうすれば絶頂に辿り着けるのかも何もかも。今後の展開を思うと自然と息が上がった。 「壁に手ェついて」  欲情を隠そうともしないシルヴァンの掠れた声に訳もわからず従うと、後ろに熱をもった質量が押し当てられたのがわかった。思わず腰を引くと逃すまいとシルヴァンがそれを抑える。ゆっくりと、だが確実に侵入してくる感覚に息を呑んだ。  俺の呼吸が止まると中の肉壁が勝手に律動するのがわかる。それはシルヴァンにとってもたまらないらしく抑えるような呻き声が後ろから聞こえた。 「……息して」  宥めるように耳朶を舌でねぶられた。彼がうごくたびにくちゅり、という音がきこえて思考が纏まらなくなる。  シルヴァンの手は俺の胸へと伸ばされ、そこを捏ねられるたびにピリピリした甘い痺れが走った。もう片方の手は下に向かい俺の中心部分に触れる。そこは十分に濡れそぼっていて直接見なくても透明な糸をひいているのがわかった。そこを上下される動きに合わせて後ろからも穿たれると頭の中で星がいくつも飛んだ。  腰が震えてもう立っていられない。そんな身体をシルヴァンが支えるようにしながら抽挿はとまるところを知らない。最奥まで一気に貫かれたときにはひゅッ、と喉の奥が鳴った。今までにない快感に背中が波打つ。 「……ッひ……んぅッ…………」  悦いところをぐりりと抉られてから一番奥まで穿たれると目の前で火花が散った。視界が真っ白になるほどの刺激に矯声があがる。その痴態に気を良くしたのか俺の首にかかるシルヴァンの息もより一層熱くなった。  首をまわして後ろを向くとシルヴァンと目があった。いつものへらりとした薄笑いも軽そうな間抜け面も今回ばかりは見る影もない。俺をまっすぐにとらえる眼差しは獲物を狩る雄の獣でぎゅっと心臓を射抜かれる。次第にその視線は俺の唇に注がれた。  ——キスされる。  そう思って目を閉じようとしてからほんの僅かに残った理性が警告した。“ジャミル”のことを忘れたのか。あのときのキスをきっかけにあいつの記憶は蘇ったんだぞ。  それでは今ここで唇を合わせればシルヴァンの記憶も……?  忘れかけていた喉の疼痛が再びうずきだす。かつて“ジャミル”に切り裂かれたときの名残だ。  今口づけをすればシルヴァンはすべてを思い出す。己の罪、自分がしてきたことも俺がどんな思いで“ジュリアン”に近づいたのかも余すことなく全部を。  記憶が戻ればこんなふうに身体を重ねることもない。それどころか俺に向けられる軽薄そうな笑みも面白いぐらい目まぐるしい表情の変化も見ることはなくなる。殺したいほど憎いと思った相手だ。向こうも俺を憎むべき人間だと認識すれば俺に復讐しようと襲いかかってくるだろう。  願ったり叶ったりじゃないか。目の前のこいつが悪人になってくれさえすれば心置きなく始末してやれる。身体を切り裂き内臓をえぐり出してその首を叩き切ってやるつもりだった。  それを躊躇していたのは何のためだったのか。マスターに迷惑がかかる。仕事に支障が出る。そんなしょうもない理由をつけてこいつを生かしておいたのはなぜだ。仔犬のように無邪気に懐かれてほんの僅かでも居心地がよいと感じてしまった。  そして今も、シルヴァンの記憶が取り戻されることをためらう自分がいる。いつからこんな腑抜けた人間になったのだ。父の恨みも自分の憎しみも俺の身体の奥底で燻っている。そのはずなのに、どうして——? 「……キスは、いやだ」  気づけばひとりでにそう口にしていた。  シルヴァンには何も思い出してもらいたくなかった。憎い相手と知ってもなお、彼に与えられた平穏で幸せな日常を手放したくなかったのだ。  “リヤード”だったとき、“ジャミル”が男娼でなかったらと夢想したのを思い出す。もしも級友として出逢っていたら親友になれたかもしれないと不覚にも考えてしまった。  その思いはロベールとしての自分も同じだ。あのとき夢見た普通の出逢い方を自分とシルヴァンは迎えることができた。因縁の相手だと、シルヴァンはジュリアンなのだとわかっていてもなお、目の前の彼を憎むことができないのだ。あろうことかこの束の間の幸福が永遠であってほしいと思ってすらいる。  なんたる屈辱。しかしそれでもシルヴァンを殺すことはできなかった。長い長い永遠の煉獄を彷徨ううちに、自らの心も変化を遂げてしまったというのか。 「……ッひぁ…………」  頭の中が思考でいっぱいで気がそぞろになったのを見かねてかシルヴァンが一気に最奥を貫いてきた。思わず声が漏れる。 「……他のこと考えないで」  これ以上ないほど腰を打ち付けられてぐっと歯を食いしばることでしか強烈な快感を逃せない。足が震えて立つのもやっとという状態で、このままではどうにかなりそうだ。  身体が痺れてふたりの境界は曖昧になっているのに、与えられた快感に感覚は鋭く尖っていく。頭の中でなにかが弾けるような感覚がして俺は白濁を吐き出した。それと同時に無意識に肉壁もシルヴァンを搾り取るように蠢く。それに誘われるように中に熱が解き放たれたのが感覚でわかった。  二人とも息も整わないうちにシルヴァンに寝台に導かれる。  もう何も考えられない。自分が誰なのか、目の前の男が何者なのか、自分はなんのためにここにいるのか。  わからなくてもいい。快感で脳を溶かしてしまえるのなら何だってかまわない。  寝台に横たえられシルヴァンが覆いかぶさってくる。その背中に自分の意志で手を回した。  長い夜の始まりだった。

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