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フランス編5 戯れにまぎれた思惑

 初めて身体を重ねてから一夜明けると、シルヴァンは隣にいる俺の姿を見てひどく驚いた顔を見せた。 「なっ、なんでロベールが俺の家に!」  その間抜け面に心底呆れてしまう。そのうえ我も忘れて夜明けまで激しく交わったにもかかわらず夢かと思っただなんてのたまいやがる。まったくふざけている。 「お前が酔っ払って潰れるから仕方なく介抱してやったんだよ」 「介抱ってこういうことも入るのか?」  シルヴァンのきょとんとした顔にかっと顔が熱くなる。  抵抗しようと思えばいくらでも抗えたのに済し崩しに流されたのは事実だ。憎むべき相手を前にして、彼から与えられる平穏を手放したくないと思ってしまった。  その甘えた考えからくる気の緩みが“リヤード”を死に追いやったのを忘れたのか。すかさず自分を律する。ほだされたのは酒のせいだ。昨晩は酔っていたし正常な判断ができなかった。でなければシルヴァンと寝るだなんてことが起きるはずもない。 「……ただの気まぐれだ。忘れてくれ」  酔っ払いの妄言に流された俺が愚かだった。  一刻も早くこの家から出ようと踵を返すと、後ろから肩をぐいっと掴まれた。 「ごめん。嘘だよ」 「はっ?」 「いや、酔ってて記憶があんまりないのは本当だけどさ」  半ば無理やり正面を向かされ、シルヴァンと目が合う。その眼差しは真剣そのものでいつものふざけた様子は鳴りを潜めていた。 「……なんだよ」 「俺、馬鹿だから後先考えずに行動しちゃったけど、ロベールのことが好きだっていうのは嘘じゃない。それだけは信じてほしい」  直球で投げかけられた言葉に赤面する。こんな台詞、素面できけたもんじゃない。 「本当だよ。何故かわからないけど、初めて会ったときから俺にはロベールしかいないって思ったんだ」  次から次へと飛んでくる甘い台詞に二の句が継げない。 「嘘だと思ってるだろう、ロベールのためなら俺なんだってするよ。死んでくれっていうのなら今ここで喉を掻っ切ってもいい」 「そんな物騒なこと、冗談でも言うもんじゃない」  シルヴァンのあまりに飛躍した口調に背筋が凍った。まさか“ジュリアン”の記憶が蘇ったのではないかという考えが一瞬頭をよぎったがすかさず否定する。昨晩なにがあってもキスだけはしなかった。彼がなにかを思い出すはずはない。  シルヴァンの瞳にはただ誠実さが滲み出ているだけで憎悪や殺意は一切感じられなかった。もちろん嘘をついている気配はない。こいつは本当に俺のために命を投げ出せると言っているのだ。  “ジャミル”に引き続いて目の前のシルヴァンまでもが俺のことが好きだなんて信じられないようなことを口にする。輪廻を経てさえも自分の宿敵から好意を向けられるなんてとんだ災難だ。  ——だが、利用できるかもしれない。  初めてシルヴァンと出逢ったとき、彼の幸福をこの手で捻り潰してやりたいと思った。今がそのチャンスではないか。シルヴァンは自分に心を許しているし並々ならぬ好意を寄せている。その気持ちに応えてやれば彼はこの上ない幸福を感じるに違いない。  その幸せを俺が彼の息の根を止めることで壊してやるのだ。『心の底から信じていた人間に裏切られるほど堪えることはない』と“リシャール”は父から幾度となくきかされて育った。  父の思惑通り、今度は俺がシルヴァンから信頼と愛を受けたあと、それを無残に踏みにじってやるのだ。その裏切りはシルヴァンにとって最上の苦痛になるだろう。  ジュリアンがリシャールに屈辱を与え、ジャミルがリヤードから平穏な日常を奪ったように今度は俺がシルヴァンに屈辱と絶望を与えてやるのだ。因果応報、これで奴に復讐が遂げられる。突如ひらめいた思索に口元が緩んだ。 「本気なんだ。信じてよ」  縋るようにぎゅっと抱きしめられるがその体温に嫌悪感はなかった。むしろ心地よいとすら感じる。されるがままに身を委ねているとシルヴァンの顔が近づいてくるのがわかった。  反射的にどん、と胸を叩いて押しのける。 「やめてくれ。……そろそろ仕事に行かないと」 「ロベールは俺のこと嫌い?」 「そうじゃない、だが——」 「じゃあなんで嫌がるのさ」 「……キスには嫌な思い出があるんだよ」 「そんな記憶、俺が上書きするから」  なおもしつこくシルヴァンが食い下がってくるのでその執拗さには呆れてしまう。 「俺は王様みたいに自分の我を突き通す奴は大嫌いなんだよ」  大嫌い、という言葉にシルヴァンがぴくりと反応を見せた。単純というか、子どもというか。そのあまりの素直さには毎度驚かされる。 「お前だって仕事があるんじゃないのか。俺の機嫌を悪くしなければまたここに来てやってもいい」 「本当か?」  ぱっと花が咲いたような笑顔を見せられ、その変わり身の早さに圧倒される。 「じゃあ今日あとでコーヒハウスに行っても?」 「お前が俺の邪魔をしないって約束するならな」  水を得た魚のような様相を呈するシルヴァンを横目にその場を後にした。  子どもが新しい玩具を手に入れたときにはこんな気持ちになるんだろうな、なんてくだらないことを考えた。

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