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フランス編7 箱庭から生まれたのは◆

 柔らかく髪を撫でられる感触に恍惚として目を閉じる。ほどよい倦怠感とさざ波を揺蕩うようなゆらゆらと与えられる快感にすべてが溶けていくようだった。  すでに繋がったそこはシルヴァンが動くたびに水音をたてる。最初はその音をきかされるたびに自分がいかに乱れたかを思い知らされるようで羞恥のあまり歯を食いしばっていたが、今ではその恥じらいも薄れかけていた。身体の強張りを時間をかけて解かれていくうちにシルヴァンからは決して苦痛を与えられはしないと悟ったからだ。  額に触れたあたたかい感触にそれが唇であることを認識する。初めて肌を合わせた夜にキスを拒んでから一度も唇には触れられていない。  我を忘れるほど激しく交わろうが、理性をなくすほど抱き合おうがこいつは律儀に言いつけを守る男だ。あれ以来理由を深掘りされることもなかった。 「ロベール」  掠れたような甘い声で名前を呼ばれる。  誘われるように目を開くと、自分をみつめる男と目が合った。瞳に情欲の色を浮かべ、汗ばんだ身体を合わせる彼は世界で一番憎いはずの人間。  他人には見せないようなところまでさらけ出し、あられもない姿で求め合う様子はまるでただの恋人同士なのかもしれないと錯覚させた。だが自分を射すくめるその視線が、瞳に宿る激情が彼が自分の宿敵であることを忘れさせてはくれない。否が応でも彼が“ジュリアン”であることを思い出させる。  しかし彼の瞳に映る自分はとろんとした目で切なげに相手をみつめていた。身体を許すだけでなく心まで相手に委ねるような表情を自覚させられる。  一定のリズムで穿たれるたびに身体が疼く。ふわふわとした快感で徐々に絶頂まで押し上げられる感覚に甘い痺れが走る。中の弱いところを擦られると堪えきれずに漏れる声にシルヴァンは優しく微笑んだ。  彼の背中にまわした腕に力を込めるとシルヴァンは俺の首筋に顔をうずめた。それでいい。あの顔でみつめられるとどうにかなってしまいそうだ。  小刻みに揺さぶられる感覚が一層強くなった。彼の限界が近いのかもしれない。強く抱きしめられたまま穿たれると自分とシルヴァンの境界線が徐々に曖昧になっていくのを感じる。  このまま泥のようにひとつに蕩けてしまえばいいのに。  モーリスからも上司からも新しい情報はないのかとせっつかれている。このままあのコーヒーハウスで働き続けるわけにもいかない。あの日常は自分がつくりだした偽りの世界だとわかっていても、その穏やかな日々を享受していたいとすら感じる。その腑抜けた思考が仕事どころか自分の悲願である復讐すらも阻んでいるのを自覚していても止めることができない。  最初は純粋にシルヴァンを痛めつけてやりたいと思った。“リシャール”が誇りと尊厳を踏みにじられ、“リヤード”がありきたりでも幸福な日々を奪われたように、シルヴァンの人生を跡形もなく崩してやりたかった。  だが彼を知るうちに彼からもたらされるものを手放したくないという甘えた思いが湧き上がってきた。もしシルヴァンが“ジュリアン”や“ジャミル”のことを思い出せば、俺に屈託のない笑顔を向けることもなくなる。彼を殺せば喉から手が出るほど欲しかった普通の幸せを自ら手放すことになる。  その恐れを自分のなかで誤魔化してなかったことにした。だから人生の絶頂でその幸せを捻り潰してやるなんていう馬鹿げた大義名分のもと、自分にシルヴァンのそばにいることを許した。復讐のためと銘打って彼と恋人のように睦み合い、笑い合うことを正当化した。次第に彼に惹かれていく自分を勘違いだと誤魔化した。  自分が求めたものはなんだったのか。  “永遠の煉獄”に囚われてまで欲したのは、一体。  身体の奥でシルヴァンの熱い欲望がはじけるのを感じる。それに導かれるように自分も解放を求めて快楽の階段を駆け上がる。  いつしかシルヴァンから与えられるやさしくも残酷な快楽に溺れていたのだ。 「復讐しつづける男をどう思う」  ひとりでにそんな言葉が口に出ていた。  閨での睦言にしては物騒なそれをシルヴァンは笑い飛ばしたりはしなかった。 「復讐、か。内容にもよるかな。でも復讐は新たな争いしか生まない。ずっとそれに囚われるのはひどく過酷なことだと思うよ」 「それが父上……大切な人の願いだとしても?」  食いつき気味に言葉を紡ぐ俺に驚いたようにシルヴァンは目を見張ったが尚も続けた。 「自分の憎しみではないのに他人の憎しみを背負って生きるのはさぞ辛いことだろうね」  シルヴァンのその声には空虚な哀れみも正義を盾にした偽善も感じられなかった。滲み出る切実さに言葉が胸に突き刺さる。 「もしもその復讐を続ける男っていうのがロベールなら——お前はもう、解放されてもいいんじゃないか」  解放?  この身に流れる血が復讐を運命づけている。それでもなお、そんな甘えが許されるとでもいうのか。  そんなことできるはずがない。父上に息子を殺させてまで、耐えがたい苦痛を味あわせてまで叶えようとした復讐を止めることなど、できるわけが。  しかし疲れきった身体はその甘い囁きに従いたいと悲鳴をあげていた。 「ロベールがどんな苦しみを背負っているかは俺にはわからない。でも全部受け止める、少なくとも俺はお前の味方でいるよ」  そう言って両手をひろげるシルヴァンは俺の目には天使のように見えた。すべてを許し、すべての連鎖を断ち切る天の使い。  自分の胸の奥底に秘めてきた思いに導かれるまま、俺はシルヴァンの胸に飛び込んだ。

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