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日本編2 刹那の交わり◆

 ベッドの上に乗せられ、互いに一枚ずつ服を脱いでいく。シャツを取り払った陸人さんの日焼けした肌に吸い寄せられ、存在を主張するように桃色に色づいた突起に口づけを落とす。丹念に唾液を絡ませながらその周りを舐めたり軽く噛んだりするうちに吐息が漏れきこえてくる。それをいいことに愛撫を続けながら彼のベルトのバックルを外すと、トンと軽く肩を押しのけられた。 「今日は抱かれたいって汐恩が言ったんだろう」 「ン……でも俺も陸人さんにしてあげたい」 「じゃあ、それなら——」  服をすべて脱ぎ捨てると、後ろを向いて彼の上に跨るようにと導かれる。下肢を陸人さんの顔の上に無防備に晒け出し、自分の顔の前にもまた彼自身のそこが現れる。  その格好はいくら俺でも恥ずかしいことには変わりないが、陸人さんは随分と楽しそうだ。俺の薄い腹を撫でまわし、その指がつつ、と腰から尻へ降りていく。双丘をそっと開かれて蕾をちょんとつつかれる微小な衝撃に肩がびくりと震える。  俺も負けてられないと自分を奮起させ、既に期待で頭をもたげ始めた陸人さんの男根に唇を寄せた。啄ばむようにそこにキスを落としていく。まだ柔らかいけれどこれからそこが自分の中に入るんだと考えるだけで全身が疼く。片手で軽く数回扱いていくうちに硬度を増し膨張していくそれは持ち主から独立した別の生き物みたいで不思議と可愛く思えてきた。  こんなところすらも愛おしい。上下する動きを続けたまま下生えに頬擦りすると、真面目にやれという意味を込めてか陸人さんが俺自身を少し強めに握ったのがわかった。  あんまり焦らしちゃ可哀想だしな、と期待に応えて先端を舌でちろりと舐めてやる。陸人さんはここが弱いということは今までの経験から知っていた。全体を頬張りつつ舌でそこを重点的に弄ってやれば口の中に塩気が広がる。ちゃんと感じてくれている証拠だ。  丹念に愛撫を続けていくうちに全身がどんどん熱くなっていくのがわかる。後ろを拡げるために挿れられた陸人さんの指が機械的に動くだけでも腰が揺れた。 「……ね、そろそろ欲しいんだけど…………」 「もう? まだ二本しか入ってないからちょっと我慢な」  口では優しいことを言いながらも陸人さんはこの状況を完全に楽しんでいる。一刻も早く挿れてほしいとこっちは焦れているにもかかわらず、陸人さんは悠々と後ろを弄り続ける。肉壁を擦られるたびに確かな快感が走るのにそんなわずかな刺激では圧倒的に物足りない。更なる快楽を求めて物欲しげにだらしなく揺れる腰を止められず、羞恥に顔が赤く染まる。  挿しこまれた指が抜かれ、ようやくこのもどかしさから解放されると安堵したのも束の間、後ろにぬるりとした舌が入ってくるのを感じた。先ほどまでの指とは違う感覚にぞくぞくと背筋が震える。 「……ッん、陸人さん」  抗議の声をあげようとしても気にも止めずに続けられる。奥まで入り込んでくる舌が熱い。それが奥の方で蠢いて出し入れされるたびにくちゅ、ぴちゃ、と水音が部屋に響いた。 「ねえ、本気で怒るよ」 「ごめんごめん。でも焦らされるの好きだろう」  俺を陸人さんの上から降ろし、抱きしめられながらそんなことを言われたら怒る気もしなくなる。ちゃんとしてよね、という念押しの言葉はいきなりの挿入にくぐもって声にならなかった。  急に与えられた衝撃に頭の中で火花が散る。そうだ、これが欲しかったんだ。時間をかけてじっくり解されて弛緩した身体は難なく彼の欲望を受け入れていく。長いこと待ちわびた分より感覚が鋭敏に鋭くなっているのか、抽挿されるたびにビリビリと電流のような快感が脳に流れ込んでくる。 「りっ……ッ陸人さ、陸人さん……」  手を伸ばしてうわ言のように名前を呼ぶとぎゅっと抱きしめ返してくれる。どうすれば俺が一番悦いのかは俺以上に陸人さんがよく知ってる。彼から与えられる止めどない快楽に頭の芯が熱を持ってもう何も考えられなかった。  すき、すきなんだと繰り返す俺の額に口づけながらより一層激しくなる動きに目の前がチカチカする。堪えきれずに陸人さんの背中に無意識のうちに爪を立ててしまう。シャワーで滲みるから辞めてくれと言われていたけれど、濁流のように流れ込む刺激から逃れるには為す術がなかった。  両足を彼の身体に巻きつけると全身がさらにくっついて繋がりがより深くなる。思考が溶けてひとりでに声が鼻から抜けていく。  パチン、と頭の中で何かが弾けた。自分の出したものが自らの腹や抱き合った陸人さんの身体にも飛び散っているのが感触でわかる。吐精の反動で中の肉壁が恋人の精を搾りとろうと蠢いて絡みつく。それが彼にとってもたまらないのかどくどくっと脈打ち、熱が放たれた。  強烈な快楽の余韻にぼうっと浸っていると、息をついて俺の中から陸人さんがずるりと出ていく。 「あれ、ゴム着けてたのか」 「そりゃそうだろ、お前の身体壊したくないし」  さも当たり前のことのようにゴムの口を縛ってゴミ箱に放り込む陸人さんはやけに手慣れていてその姿にかっと顔が熱くなる。 「……久しぶりに生でできたと思ったのに」 「前にしたとき腹壊してヒィヒィ言ってたのはお前だろう。こういうのは抱かれる側に負担がかかるんだから。最低限のマナーだよ」 「本人が着けなくていいって言っても? 」 「それでも、だ」  いくら引き下がっても軽くあしらわれる。無我夢中で俺を求めてくれたと思っていたのに、熱くなっていたのは自分ばかりで陸人さんは冷静さを残していたのかと思うと面白くなかった。  ベッドの中で意地悪をされることはあっても全部俺の快感を引き出すためで、嫌な思いをさせられたことは一度もない。だからこそ掌の上でうまいように転がされている気がして年の功を思い知らされる。本当は肌を合わせるときぐらい理性も分別も溶かして馬鹿になってほしいのに。 「じゃあ、今度は俺の番ね」  そう予告してからタオルで汗を拭っていた陸人さんをベッドに押し倒した。 「おいおい、まだやるのかよ」 「もう限界? 俺ならまだまだいけるよ」  上目遣いで陸人さんをみつめる。情欲を煽るように舌舐めずりをすると、思惑通り気分が乗ってきたようだ。 「……望むところだ」  こういうときの陸人さんの表情が好きだ。伏せた睫毛がふるりと揺れて、唇からちらりと垣間見える舌がひどく扇情的に思える。俺が彼にすべてを委ねているように、陸人さんも全身で俺への信頼を表してくれているのが伝わってくる。  さっきの仕返しとばかりにいつも以上に念入りに愛撫を施す。泣いてわめいたって途中でやめてやるつもりはない。  指で後ろをほぐしながら夢中で乳首に吸いつく。歯で軽く引っ掻いてやると切なげな吐息を漏らすので俺自身まで張りつめていく。  互いの荒い息づかいがそろそろ限界が近いことを示していた。名残惜しいけれどいったん陸人さんの身体から離れて枕元のゴムの袋を手に取る。 「……早くこいよ」  ほんの一瞬も待てないほど昂ったのか陸人さんがそんな可愛いことを言ってくる。俺の気持ち、少しはわかっただろうか。 「じゃ、挿れるからね」  御所望通りきちんとゴムを着けてから、お待ちかねだよ、と徐々に中に入りこむ。熱い泥に包まれるような感覚に恍惚とする。気を抜けば今にも達してしまいそうだ。 「……ッん、……ぁあッ……」 「なんか今日、陸人さんすごいね……」  部屋に響く甘い声に脳まで蕩けそうだ。  彼の弱いところは熟知している。ほら、ここでしょ? と確かめるようにとある部分を抉るとぱたたたた、と早くも陸人さんが精を漏らした。  でもこれだけじゃまだ足りない。射精後、間髪入れずに追い立てられるのが彼にとってはたまらないらしい。息つく間もなく抽挿を激しく繰り返すと陸人さんの顔が快感に歪む。その綺麗な顔を崩しているのが他でもない自分なのかと思うと優越感に胸がいっぱいになる。  すでに出した精液で濡れた陸人さん自身は俺が動くたびに俺の腹にぬるぬると擦れて、それが予期せぬ快感をもたらしているようだ。自ら腰を振って俺の身体に自分自身を押し付けてくる。でも本人は自らのはしたない動作にまるで気づいていないようで、目を瞑ったまま首をのけぞらせて喘いでいる。 「……かわいい」  無防備に晒された首筋から放たれる色気にくらくらする。ちゅ、と口づけると汗の味と陸人さんの匂いがむわっと立ちあがる。そのむせかえりそうな色情の匂いに酔わされて夢中で吸いついた。  唇を離すと赤い花が肌に散っていく。汚れのない美しい身体に刻まれた赤い痕は俺のものだという証。俺がいかに陸人さんが好きかという紛れもない証拠だ。 「すきだよ、陸人さん」 「……ッひぃ、……お、俺も、お前が……」  せわしない呼吸のなかで辿々しく紡がれる愛の言葉。十分すぎるほどその想いは伝わっていた。  はちきれそうに膨らんだ俺自身は解放を求めて脈打っている。脳がビリビリと痺れていく感覚に身を任せ、一気に最奥を貫いた。  達したのはどちらのほうが早かったのか。ほとんど同時だったのかもしれない。  へたりとベッドに倒れ込んだ俺の汗を陸人さんが拭ってくれる。でも隣に寝転ぶ彼のほうも息も絶え絶えでとても余裕そうには見えない。 「ごめん、無理させたね」 「まさか。気持ちよかったよ」  やさしく微笑む陸人さんは俺が二十年間生きてきた中で一番綺麗だと思う。こんなにも慈愛に溢れた顔でみつめられることは彼を逃したら二度とないのだろう。どうしてこんな俺なんかを好きになってくれたのか不思議なくらい俺にはもったいない人だ。 「キスするの、やっぱり嫌? 」  お互いの身体で知らないところはないだろうというくらい抱き合っているのに、唇だけは一度も触れたことがない。こんなにも好きなのに核心には触れさせてもらえないようで胸が痛む。  ここまで愛し合っていても、キスを許してくれるほど信頼してもらえていないのか。  そう思うと不安になってまた訊いてしまった。答えなんてわかりきっているのに。 「ごめんな、汐恩」  予想通り困ったような表情で謝られた。俺は陸人さんのこんな顔が見たかったわけじゃない。心から好きなんだと伝えたいだけなのに。  相手を尊重したい気持ちとすべてを独占したい欲望がせめぎ合う。どうしてそんなに頑ななんだと自分の傲慢さを棚に上げてそう思わざるを得ない。 「……もういいよ」  本当はこちらこそごめんと謝りたいのに素直になれない。  ぷい、と逆方向を向く。陸人さんの顔を見ていたらまた余計なことを言ってしまいそうだから。 「汐恩、ごめんな」  陸人さんの悲しそうな声が後ろからきこえる。そんな声、出させたくなかった。  背後からぎゅっと抱きしめられる。こんなにわがままな俺を陸人さんは受け入れてくれるのに、俺はどうしてこんなに強欲なんだろう。

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