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日本編4 扉の先にまつものは◆

 大学で講義を受けていると、尻ポケットで携帯が震えるのがわかった。画面を開くと新着メール一件という通知が表示される。 『今晩うちに来ないか』  本題だけのごく短い内容に、確認しなくても送り主が陸人さんであることが見てとれた。  俺がこっそりキスしたために蘇った記憶のせいで、自然と陸人さんの家から足が遠のいていた。あそこに行けば陸人さんがいる。もし“ジュリアン”のようにちょっと隙が出た瞬間に殺されでもしたら、と考えるだけで冷や汗が出る。  それまでは暇さえあれば毎日のように入り浸っていたのに急に来なくなったものだから陸人さんも不審がっているに違いない。  このまま距離を置いていても何も解決しない。彼が何を企んで俺と付き合っているのか、確かめなければ。  大学の最寄りから電車で三駅、駅から徒歩十分のワンルーム。移動が便利なところが気に入っていたけれど、混乱した頭を整理して腹を括るには短すぎた。  緊張した面持ちで扉を開ける。 「汐恩、久しぶり」 「……うん」  数日振りに会った陸人さんはこの前と何も変わらない。退勤して帰ってきたばかりなのかまだネクタイを締めていた。 「お腹空いてる? 有り合わせでよければ何か作るけど」 「いや、友達と食べてきたから」  食事に毒でも入れられたら敵わないとすかさず断る。陸人さんは大して残念そうな顔もせず冷蔵庫からビールの缶を取り出した。 「お前が来ない間にこんなに録画溜まっちゃったよ」  二人で一緒にソファーに腰掛ける。リモコンを操作しながらテレビを指さす陸人さんは普段通りに思える。その見慣れた姿の裏に何かを隠しているというのか。  ぼんやりとテレビ番組を眺めていても頭の中に内容が入ってこない。なにか面白い一節があったのか隣で陸人さんがくすっと笑みを漏らす。 「テレビつまんない? 」 「別に。そんなことないけど」  無意識のうちにそっけない言い方になる。普段ならもっとうるさいはずの俺が静かにしているのを陸人さんは怪訝そうにみつめた。 「具合でも悪いのか。それとも何か嫌なことあった? 」  心配そうに顔を覗きこむ彼の表情をしらじらしく感じてしまう。下心のない清廉潔白といった顔で近づいてきておいて、俺を、“ジュリアン”を殺したくせに。  その偽善の仮面を叩き割ってやりたい。そんな嗜虐心がむくむくと胸の奥底から膨らんできた。  そっと陸人さんの胸板に触れる。薄い筋肉で覆われたそこは腹筋が割れていて、その溝をワイシャツ越しにつつつ、と指先で辿った。胸の左側にある心臓部分に手を乗せれば確かな鼓動を感じ、生身の人間だということを再認識させられる。  指を少しずらしてすぐ側にある突起に触れると陸人さんはぴくりと肩を震わせた。その反応に吸い込まれるようにそこに舌を這わせる。ただ舐めあげるだけでもシャツの摩擦がさらに刺激を生むのか陸人さんが切なげに目を閉じる。  舌先でつついたり転がして弄んだそこは唾液で濡れたシャツに透けて赤く熟れて始めている。反対側のも指で捏ねてやると彼の吐息がより一層甘くなった。 「するなら服、脱がないと」  堪えきれなくなったのか陸人さんがそう音をあげた。 「じゃ、脱がせるね」  ネクタイをしゅるり、と解いていく。赤いネクタイは彼の肌によく似合う。  普段なら脱がせた服は床に放ってベッドになだれ込むのだけれど、今日の目的は性交じゃない。  襟元から取り払ったネクタイを今度は陸人さんの目元に巻きつけた。 「うわ、ちょっと」  抗議の声に耳も貸さず、淡々と目隠しを続けていく。ぎゅっときつく縛ったネクタイのせいで陸人さんの視界は完全に奪われた。 「おい汐恩、そこにいるのか」  目隠しのせいで俺が目の前にいることすらわからないらしい。不安げに上がる声にそれでいい、とほくそ笑む。  ひとつずつワイシャツのボタンを外していく。前をはだけると先程散々弄ったせいですっかり腫れた乳首が露わになる。ふぅっ、と息を吹きかけてやるときゅっと腹筋が硬くなった。  視力を奪われたせいで感覚がより鋭くなっているのだ。今自分が何をされているのかだけでなく、次に何をされるのかもわからない状況。手がかりとなるのは自分の皮膚の感覚と聴力だけだ。視力に頼りきりだった日常生活とは一転してさぞ心許ないことだろう。  ベルトのバックルを外して下衣をずらす。その気配を察してか陸人さんは俺が脱がしやすいように腰をあげた。そのおかげでスラックスも容易に取り払われる。許可もなくこんなことをされているのに彼にはまだそんな気遣いができる余裕があるというのか。本当は俺を憎んでいるくせに。  無性に腹が立って歯を立てて肩にかぶりつく。その衝撃にうっ、と呻き声をあげる。予期せぬ痛みに歪んだ顔を見て胸がすく思いがした。 「ねえ、今俺が何してるかわかる? 」  下着一枚になった陸人さんの中心を捉える。始まったばかりだというのにそこは芯を持ち始めていた。下着の上から虫の這うような速さでそっと指で引っ掻くたびに陸人さんの息があがる。 「……汐恩が、俺のを触ってる…………」  羞恥に頬を赤く染めながら意外にも素直に彼が答えた。  陸人さんはプライドが高い。冗談でもちょっとからかわれたりすると自分の誇りを傷つけられたと思ってすぐ不機嫌になる。だからセックスの最中も少しでも恥ずかしい思いをさせようものなら容赦なく中断される。  だからいつもは彼の機嫌を損ねないように優しく穏やかに情を交わすのだけれど、今日はそんな抱き方はしない。彼をわざと煽って怒りを誘発させ、偽善の奥に隠した本性を表に引きずり出すのだ。  剣を向けるほど恨みを募らせた男と輪廻を経て再び出逢ったときの心境は一体どんなものなんだろう。どんな気持ちで憎い相手に近づき、どんな企みを抱いて側に居続けるのか。その謀略のすべてを俺がこの手で暴いてやる。  彼の足首をつかんで股を開かせると、日常生活では見ることのない内腿が露わになった。太陽の光もそこまでは届かないのか日焼けしておらず、そこだけ白いせいでより淫靡に見える。  彼の膝に脱力した舌を伸ばすとつーっと内腿まで滑らせた。反対側の脚も同様に舌を這わせると彼の腰がふるりと揺れた。  物欲しげに彼の男性が主張しているがそれを無視して下腹部に移動する。薄く覆われた筋肉を舌で堪能してから臍のまわりをぐるりと一周。そして臍全体をべろりと舐めあげると陸人さんは鼻に抜けるような声を漏らした。 「なに、陸人さんこんなところが感じるの? 」 「いやお前変なところばっかり舐めるから……」 「舐められるの嫌い? じゃあやめよっか」  あっ、となにか言いたげに陸人さんが声をあげる。何か? と尋ねても下唇を噛むばかりで何も答えようとしない。  陸人さんの遠慮がちに震える手が下着のゴム部分をぎゅっと掴む。その下の彼自身はすでに大きくなっていて下着の中で肩身の狭そうにしていた。 「どうしたの、言ってくれなきゃわからないよ」 「……うッ…………」  自分から触ってほしいなんて彼が言えるわけがない。でも俺が見ている前で自らそこに手を伸ばして自慰に耽るのも自尊心が許さない。陸人さんが理性と性欲の狭間で葛藤しているのが見てとれた。 「陸人さんの此処、苦しそうだね。弄ってほしい? 」  俺の言葉に一瞬迷いを見せたけれど、よほど切羽詰まっているのかしばらくしてコクンと頷いた。プライドの高い彼にここまでさせたのだし、まずは上出来だ。  望み通りにそこに触れてゆるりと撫でてから下着の上から扱いてやる。ごしごしと上下される動きに合わせて彼の息づかいが荒くなった。鈴口をぐりぐりと指先で刺激してやれば下着の色が変わるほど先走りを零す。  しかし布越しじゃ絶頂までの決定打にならないらしく、ふうふうと苦しそうな声をあげている。 「……おい、……ッあ、脱ぎたいんだけど……」 「ふうん。脱がせるだけでいいの? 」  限界が近いところに意地悪く揚げ足をとればそろそろ激昂してくるだろうと思っていた。  けれども反対に彼はちろりと舌舐めずりをして口の端をあげて煽ってきた。 「……それじゃ、しゃぶってイかせてくれよ」  目隠しのせいで瞳は見えないけれど、情欲で潤んでいることは容易に想像できた。  その扇情的な表情に保とうとしていた理性が振り切れた。一気に下着をずらすと勢いよく男の欲望が飛び出した。むわっと立ち上がる雄の匂いにくらくらしそうだ。  直接口にくわえるとどんどんそれが育っていくのを粘膜で感じた。じゅるじゅるとわざと音をたてると興奮のせいか陸人さんの身体が痙攣するのがわかる。  彼の願い通り、執拗に責めたてれば血管が浮き出た男根が解放を求めて脈打ってくる。その一方、まったく触れられていない彼の蕾がひとりでにひくついているのに気づいた。煽るように水音をたてるとまたそこがきゅっと窄まる。まるで男を誘うような仕草に肉欲をかきたてられた。 「陸人さんのお尻、物欲しそうに蠢いてるのわかる? 見えてなくても感覚でわかるよね」 「…………ッ」  ちょん、とそこを指先で突くとまたひくりと震えた。  今度ばかりは煽る余裕もないようだ。耳まで真っ赤にして羞恥に耐えている。 「俺がほしい? ちゃんと言ってみて」 「……し、汐恩のがほしい…………」 「うん。よく言えました」  褒めてやると陸人さんが安堵の表情でひと息ついた。でもそう簡単に許してあげるわけがない。 「じゃあ自分で準備できるよね」 「……は、自分で……?」 「そうだよ。俺に舐めてほしいって自分で言ったんじゃん。俺は陸人さんの此処を可愛がるので手一杯だから、後ろは自分で面倒見てよね」  我ながらよくこんな酷いことがぺらぺらと口から出てくるものだと思う。予想では今ごろ逆上して平手打ちされてもおかしくない頃合いだ。  しかし驚いたことに陸人さんは顔を真っ赤にしながら自分の指を一本ずつ唾液で濡らしていく。丹念にしゃぶったそれをおずおずと後孔に挿しこんでいく。男を受け入れるのに慣れたそこは少しあやしてやればするりと指を呑み込んでいく。 「……汐恩、見えるか」  本当は逃げ出したいくらい恥ずかしい思いをしているに違いない。命じられた言葉に従って自ら股を開き、これから受け入れる男のための場所を自分で準備していくのだから。それでも彼は俺を拒絶しない。あまつさえ俺にその姿を披露しようとしている。『見ないでくれ』『やめてくれ』そんな言葉が待っていると思っていたのに、とんだ想定外だ。  甘い吐息を漏らしながら自らの身体を開いていく彼から目が離せない。しばらく見惚れてからはっと我に帰った。放置されていた彼自身は腹部にまで到達しそうなほど張りつめている。 「……汐恩……やッ、約束…………」  ああ、後ろは自分で準備するかわりに達かせてやるっていうあれか。積極的な陸人さんを見るのに気を取られてすっかり忘れていた。  誘われるままに再びそこにむしゃぶりつく。緩急つけて舐めあげ裏筋に舌を這わせ、最後には先端をくわえて吸いあげる。陸人さんの荒い息がそろそろ絶頂が近いことを示していた。  彼の手が宙を切る。ぽん、と俺の頭にその手が置かれると同時にぎゅっと髪をつかまれた。その瞬間、口の中に白濁がほとばしる。口いっぱいに広がる精液を唾液と一緒になんとか飲み下した。  あまりに焦らしたせいか快感が長引いているらしく、絶頂に達した陸人さんの膝はガクガクと震えている。薄く開かれた唇からは赤い舌がちろちろと動いているのが見えた。 「……かわいい」  思わず漏らした声に自分で驚く。相手は“リシャール”だ。俺を殺しただけに飽き足らず、なぜか現在も俺に近づく意図も思惑も読めない危険人物だ。  それなのにかわいいだなんて、俺が愛した陸人さんは偽りの姿だったというのに。未だに彼を恋人として見ているなんてなんと愚かしい。  それでも彼は、目の前の陸人さんは俺を拒絶しなかった。無理難題を投げつければ彼が怒って本性の姿を表すと思っていた。それなのに陸人さんはすべてを受け入れてくれている。  ——俺は何か思い違いをしているのか?

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