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第9話 口は噤むもの
於久と一緒に居るのが、会社の先輩に酷似していて、2度見した。
よくよく見れば、同じ会社の開発部で働く先輩の小佐田さんだった。
いつものもっさりした感じは全くなく、遊び心のある髪にシャープな銀色のリムフレームメガネ、綺麗に引かれたアイラインに軽く色が乗る唇…、色気が追加されていた。
於久の“モデル”という一言にピンと来る。
見せられたスケッチブックには、目の前の小佐田さんの姿が描かれていた。
於久は、好きな人を描きたがる。
オレを描くのは、好きな人や恋人がいない時だ。
そういうことかと、可笑しくなるオレの冷やかしの視線に、於久が凄みを利かせた。
「いいよ、隠さなくて。お前もこっち側だろ?」
於久は完全に惚れていると思ったが、まさか小佐田さんがゲイだとは。
会社には、頭の固い人もいる。
オレや小佐田さんがゲイだなんて知ったら、揶揄い半分に嫌がらせをして来るヤツもいるだろう。
交差する視線に、小佐田さんは“お互い様だ。口を噤 め”と暗に示す。
オレは、その瞳に小さく頷き同意した。
小佐田さんの性癖よりも、化粧の方が気になった。
何でも手伝うから使用した感想を…というオレの言葉は、子供体温のクセにと一蹴された。
以前、体温で香りが変わる香水の試験の際、オレの平熱が高すぎて、はちみつの甘い香りしか立たなかったのを持ち出され、小馬鹿にされる。
……その通りすぎて、何も言い返せねぇ。
口では文句を言いながらも、小佐田さんは素直にオレにその顔を見せてくれた。
髪型にメガネやアイラインで、人はこんなに化けられるものなのかと、興味を惹かれる。
小佐田さんの唇を彩るリップが、鞍崎さんが試しに乗せていたものに見えた。
初めて鞍崎さんにキスしてしまった、…反則のぷるツヤ唇が脳裏に甦った。
触れそうになった瞬間、於久に手を弾かれる。
驚きに向けた瞳に、於久の怒り塗 れの視線が刺さった。
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