26 / 75

第26話 嫌な空気が纏わりつく <Side 柊

 公園でマコトの声に振り返った先にいたのは、会社の後輩である網野だった。  髪型もメガネも変え、ナチュラルではあるものの化粧までしている俺。  網野に俺だと見破られ、苛立ちと焦りと照れが混ざりあったような複雑な感情に、瞳が游いだ。  “恋人”ではなく“モデル”という説明をするマコトに、俺たちの関係を隠そうとしているのだろうと察した。  モデルを頼まれなくなったという言葉に、以前見た後ろ姿のスケッチが網野だったのかと腑に落ちた。  俺ばっかりを描いているのだろうとニヤニヤとする網野。  最初に誘われた時、ヌードモデルを依頼されたコトを思い出した。  絵を描くコトをひとつのツールとして、相手を誘っていたのかもしれない。  そう考えれば、マコトがゲイであるコトを知っているのだろうと読み解ける。  マコトは、俺のセクシャリティを隠すために、“モデル”という言葉を選んだのだと感じた。  網野が鞍崎に惚れているコトに、何となく気づいていた。  鞍崎も然りだ。  2人の様子を見ていれば、わかるヤツは察する。  ただ、鞍崎はクローゼットタイプだろうと感じている俺は、あえて触れないだけだ。  俺を観察したがる網野に、見るなと怒るのも面倒でされるがままに従った。  面倒臭いと思いながらも会話していれば、ばしんっと網野の手が払い落とされる。  今度はマコトに顔を上げさせられた。  目を閉じろと言われれば、俺は素直に従う。  網野のなんの熱もない視線なら、なんとも思わないが、腹底を焼くようなマコトの視線は違う。  マコトに、くいっと顎を持ち上げられた後に、網野と普通に話すコトは難しい。  俺は、網野を追い払うように、ここにいる理由を問う。  案の定、網野はどこかへ行く途中だったらしかった。  浮遊感のあるどこか落ち着かない気持ちを鎮めるように、網野の話題をマコトに振る。  以前、体温で香りの変わる香水の試験協力をしてくれた時だ。  本来なら甘いはちみつの香の中に、レモンの爽やかさが混ざるはずの香水が、網野の高い体温に甘いはちみつ臭しかしなかったコトを思い出し、笑ってしまう。  スケッチブックの後ろ姿が網野だったのかと確認する俺に、マコトは無表情だった。  拗ねているようなその顔に、単刀直入に問うても、拗ねてないと跳ね退けられた。  視線も会わず、会話もない。  嫌な雰囲気を纏いながら、マコトの家へと戻ってくる。

ともだちにシェアしよう!