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第30話 怒鳴られるよりも <Side 真実
柊が居なくなった部屋で、床に吐き掛けられた唾を、呆然と見やっていた。
「………たぁけやぁ~さおぉ…」
物干し竿の移動販売の音に、はっと我に返る。
追いかけないと……っ!
唾液が半分乾いた出しっぱなしのペニスを下着の中へと納める。
「ぃ………っ」
慌て引き上げたジッパーに、下着越しに股間を噛まれた。
痛みに悶え涙目になりながらも、何とかジッパーを引き上げ、玄関を開ける。
現実的な痛みより、柊を失う痛みの方がオレには堪える。
夕暮れのオレンジに染まる外の景色。
人の気配のない道路が目に映る。
今さら追いかけても、追いつける気がしない。
そのまま玄関扉を閉めたオレは、尻のポケットからスマートフォンを取り出し、柊へと電話した。
あれだけ怒っていたら、無視されるかもしれない…。
頼む、出て。
出て、…くれっ。
祈る思いで、耳に押し当てるスマートフォン。
数コールの後、機械音が、ぷつりと切れた。
「ごめんなさいっ」
柊が何かを紡ぐ前、先手必勝だというように、オレは謝った。
「……何が?」
妙に冷たく落ち着いた柊の声が耳に響く。
怒鳴られるよりも、はっきりとした苛立ちが感じ取れ、思わず言葉に詰まった。
「……っ。変なコト言って、ごめん」
必死に押し出す言葉に、電話の向こうから、ふっと諦めるような息遣いが聞こえた。
大人げなく怒鳴って悪かったと謝る柊に、次の言葉が紡げない。
オレが勝手に嫉妬して、苛立ちからの嫌味な言葉を浴びせられたのに、柊は、ただ声を荒らげただけ自分を懺悔 する。
自尊心のため、こんなコトくらいで嫉妬する小さな男だと思われたくなくて、恥ずかしさを隠すように因縁をつけて、柊を貶 めるような言葉を吐いたのに。
会いたい。
ちゃんと顔を見て、謝りたい……っ。
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