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第54話 可愛げも色気のない自分
カウンターの上に乗せたアイライナーをユリさんへと差し出した。
「……、無理して来なくてもいいんだよ?」
こてっと頭を傾げるユリさんに、俺は疑問符を返す。
「ここは、あんたが肩の力を抜くための場所。育ちゃんっていう癒しスポットがあるんだから、無理に来なくても、なんも言わないけど?」
最初は無理矢理にでも来させたがったが、恋人ができた俺には、不要の場所と判断されたらしい。
「無理なんかしてないですよ」
目の前に出されたウーロンハイに口をつけながら、声を返した。
ふと顔を曇らせたユリさんが、戦々恐々と言葉を紡ぐ。
「育ちゃんと、なんかあった?」
……何もない。
なにも、ないはず。
「……いや。なにも」
軽く詰まった返答に、ユリさんが疑心の色を強めた。
「ユリちゃん、ビールちょうだい」
問い詰めようとするユリさんが口を開く前に、カウンターの中ほどに座っていた男が空のビールグラスを持ち上げた。
俺の脳裏には、見てしまった小佐田であろうキス顔の写真が浮かんでいた。
見なかった、…気づかなかったと、誤魔化した。
詰め寄り、切り捨てられるコトが怖くて、口を噤んだ。
でも、網野は小佐田のコトが気になっているのかもしれないと思いその視線を追えば、案の定で。
網野の視線は、たまに俺たちの働くフロアに来る小佐田の姿を追っているような気がしていた。
公園で会ったという相手。
知り合いに会ったと言っていたが、その前に“小佐田と”言いかけて止めたような気さえする。
可愛げも色気のない自分。
もっさりとした見た目とは裏腹に、内に秘めたような色気を持つ小佐田。
どうしたって、俺より小佐田の方が魅力的だ。
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