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第70話 俺に勝ち目はない

「なんで、そうなるんすか?!」  焦ったような声を放った網野は、ぐるりと俺の横を周り、正面へと移動した。 「オレ、ちゃんと伝えてますよね? 鞍崎さんのコト好きって言ってますよね?!」  苛立ちを露に吠える網野の顔が、見られない。 「……オレの言葉、そんなに信用ないんすか? オレがチャラいから? 軽くて薄っぺらだから?」  威勢のよかった網野の声は、だんだんと寂しさに埋もれていった。 「お前の言葉を軽いなんて思ってねぇよ。もう、チャラいだなんて思ってねぇ……」  網野を、信じていない訳じゃない。  チャラくて薄っぺらだなんて、思ってもいない。  でも。  俺は、心と一緒に、じりじりと後退する。 「………でも。なんの取り柄のない俺よりも、綺麗な小佐田の方がお前とお似合いだし……。俺は身を引くべきだろ。…俺が身を引くのが筋ってもんだろ……」  啖呵を切ったはずの言葉が、小さく(しぼ)んだ。 「変なところで、男気、出さないでくださいよっ」  苛立ちと憤りのままに網野の手が、逃げようとする俺の手首を掴んだ。 「そんな筋、通さないでくださいよっ。通すんなら、“網野は俺の恋人だ”って方の筋を通してくださいよっ」  掴まれた手首が、ぐっと引かれた。  恋人……。  そうだ。俺は網野の恋人。  網野のコトが、好きだから。  だからこそ、お前の気持ちを尊重したいと思うんだ。 「でも、どう見たって、俺の方が劣っているし。小佐田の方が綺麗だし、色気もあるし……俺じゃお前に釣り合わねぇ……」  卑屈な俺が、顔を覗かせ、少しでも捨てられるショックを和らげようと足掻いている。 「恋愛は、優劣じゃないです。釣り合うってなんですか? 鞍崎さんの可愛さにオレ、釣り合ってないっすか?」  拗ねたように不機嫌な声を放った網野は、俺の次の言葉を待つ。  俺“に”じゃなくて、俺“が”、だ。  俺は、お前に釣り合わないだろ。  小佐田に勝てる気がしない……。  勝敗の見えている戦いに、勝ち目のない争いに、俺は口を閉ざしてしまう。

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