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第73話 杞憂に終わる

 はっと何かに気がついたように、網野はスマートフォンを操作し、俺が見たくない写真を背後から差し出してきた。 「これ?」  見せてんじゃねぇよ。  見たくねぇって言ってんじゃねぇかよ。  お前のデリカシー、どこ行ってんだよ。  喉許まで出かかった言葉を飲み込んだ。  こんな写真1枚に嫉妬する小さな自分に、嫌気が差す。  網野の言葉を疑うような態度を取ってしまう自分に、腹が立つ。  網野を寂しそうな顔にしてしまう自分が、やるせない。 「違う、違いますよ。これ、小佐田さん、化粧してるから、気になったんです。これ撮ったのこいつだし、ほら、相手、於久って書いてあるでしょ?」  俺の視界にスマートフォンを曝し、メッセージの相手を確認させる。  必死になっている網野に、申し訳なさが降ってくる。 「もう、わかったって。妙に小佐田のコト気にしてるっぽかったから、心変わりしたのかと思ったんだよ」  画面を確認した俺は、誤解していたのだと認め、視線を背けた。  すっと俺の前からスマートフォンを引いた網野は、後ろに立ったままで、ぼそぼそと状況を説明する。 「これ撮った時に、オレが小佐田さんのコトじろじろと観察しちゃって、べたべた触っちゃって、…於久が嫉妬で拗ねて、2人が険悪になったんですよ。で、それってオレのせいじゃないですか。だから、仲直りさせようと思って、2人の仲を戻そうと思って……」  網野の声が、しおしおと悄気ていく。  くるりと身体を回転させた俺の視界には、反省の色を浮かべる網野が映る。 「責任取ろうとして頑張ったんだよな? ちゃんと仲直りさせたんだから、成功だろ?」  俺は、しょんぼりと項垂れる網野の頭をぽんぽんっと叩く。  手の感触に、がばりと顔を上げた網野が、再び吠えた。 「オレが好きなのは、鞍崎さんだけですから。心変わりなんて有り得ないです」  ぎゅっと俺に抱きついた網野は、肩の上で、ぶんぶんと頭を振るう。  ふんわりではなく、力任せの抱きつきに、大型犬にじゃれつかれている感が拭えない。 「尻尾、ブンブンだな」  網野の一連の仕草に、俺の背後で小佐田が声を立てて笑った。  小佐田と於久の存在を思い出し、恥ずかしさが顔を出す。 「やめろっ。こんなとこで抱きつくなっ。恥ずかしいっ」  網野を引き剥がそうとする俺に、小佐田が耳打ちする。 「網野の尻尾がブンブンになるのは、お前の前だけだよ。なんの心配もねぇよ」  網野の尻尾が振られるのは、俺の前だけ。  網野が好きなのは、俺だけ。  どうやら俺は、通す筋を間違っていたらしい。  色々と考え悩んだコトは、すべてが杞憂だったらしい……。

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