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二話 王子って実はスケベだったんですね 11
「エ、エ、エリファスさん……」
腕の力が緩んだ隙にそそくさと逃げ出す。おかしなところを見られてしまった。二重の意味で恥ずかしい。
いったいどのあたりから見ていたんだろう。訊いてみたいような、訊きたくないような。
「エリファス、なにしにきたんだ」
ミハイエルは愛想も素っ気もない。どさりと椅子に腰を下ろす。
「王子のごようすをうかがいに参上したんですよ。奏様を困らせていないかどうか心配なもので」
はい、まさにいま激しく困っていました。
「それに今日は入学式ですから。保護者として同行しようかと」
今日のエリファスは深いグレーのスーツに身を包んでいる。入学式に参加するためらしい。かっちりしたスーツなのに、長髪のせいでやっぱりビジュアル系バンドのメンバーに見えてしまう。
「ついてこなくてけっこうだ。入学式にはひとりで出る」
「まあ、そうおっしゃらずに。魔王様が入学式へ出ると言い張ったのを、どうにか言いくるめてかわりに私がきたのですよ。魔王様には入学式の様子をしっかり見てくるように言われております。私がお嫌でしたら、いまからでも魔王様をお呼びしますが?」
ミハイエルはむっつりした顔でエリファスの言葉を聞いていた。
そうか、王子のお父さんは魔王様なんだ。わかりきった事実を改めて認識する。魔王なんて絵空事めいていて、いまいち実感が湧いてこない。それを言ってしまったら魔界の王子様だってかなり絵空事めいているのだが。
「おまえでいい」
「それが賢明でしようね。魔王様と王子が連れだって現れたりしたら、正体を隠していたところで人目を惹きすぎますから」
王子とエリファスのコンビだって非常に人目を惹くと思うのだが、魔王はそれ以上だというのだろうか。怖いもの見たさでちょっと会ってみたい気がする。
「では、私と一緒に入学式へ参りましょう。おや、いまからご朝食でしたか」
エリファスの目が食卓へ向いた。
「は、はい、いまちょうどできたところで……」
「美味しそうですね」
エリファスの視線は食卓へぴたりと張りついてしまっている。その目は語っている。自分も食べたい、と。
魔界の人たちって、視線で願望を伝える習性でもあるんだろうか。
「よ、よかったら一緒に――」
「いただきます」
皆まで言わせずに、にっこり微笑んでうなずく。
「どうしておまえまで一緒に食べるんだ。だいたいおまえが座ったら、こいつの椅子がなくなるだろう」
自分の椅子を譲るという考えはさらさらないのが、王子の王子たるところである。
「ご心配なく」
エリファスが指をぱちんと鳴らすと、赤い布張りの椅子が突如として現れた。
奏はぎょっとして一歩身を引いた。ひょっとしてひょっとしなくても魔法で椅子を出したのだ。ミハイエルと暮らし初めて二週間になるが、魔法らしきものを目の当たりにしたのはいまが初めてだ。
「す、すごいですね。魔法って、い、一瞬で椅子を作り出したりできるんですね」
「いえ、いくら魔法でも無からなにかを構築することはできません。いまのは私の私室にあったものを呼び寄せただけですよ」
「そ、それでもすごいですよ。ま、まるでファンタジー映画を観てるみたいで……魔法って、ほ、ほんとにあるんですね」
奏は心の底から感嘆した。出勤してから忘れ物に気づいても、指パチンひとつで呼び寄せられるのだ。なんと便利な。
奏は尊敬と憧れをこめてエリファスを見つめたが、ミハイエルが面白くなさそうな表情でこちらを見ていることには気づかなかった。
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