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二話 王子って実はスケベだったんですね 12
小さなテーブルに食器がところせましと並べられ、魔界の王子とその教育係、それに平凡な社会人という奇妙な三人組での食事が始まった。
エリファスは惜しみなく奏の料理を褒め称えた。
「卵の中に入っているのは魚ですか? ほお、魚をオイル漬けにしたものなんですね。少し癖のあるお野菜がアクセントになっていて、とても美味しいです」
「あ、ありがとうございます」
「この三角形に握られたものは、いわゆるおにぎりというものでしょうか。コンビニエンスストアで見かけたことがあります。魔界にも米に似た穀物はありますが、握り固めて食べるという発想はありませんでした。人間の、いや、日本人の料理に対する発想は実に面白い。しかも、これはただごはんを炊いたものではありませんね。……ほお、炊き込みごはん。これもまた素晴らしく美味しいです」
「……きっ、き、気に入ってもらえたのなら、う、うれしいです」
こんなふうに料理を褒められたことはほとんどない。父親は料理を作ったことは褒めてくれても、味については美味しいともまずいとも言わなかった。息子が作る料理を当たり前のように食べていただけだった。
ミハイエルもそうだ。いつも綺麗に残さず食べてくれるから、味を気に入ってくれてはいるんだろう。が、その色の薄い唇からは、いかなる感想も出てこなかった。
奏の料理を美味しいといってくれたのはエリファスの他には、妹の杏だけだ。杏とは離れて暮らしているため、料理を振る舞う機会は滅多になかったが。
食べてくれるだけでいいと思っていたが、エリファスの賛辞は奏の心をじわじわと温めた。自分がどれほど『美味しい』のひと言に飢えていたのか実感する。
「奏様のお料理はあき様のお料理によく似ていらっしゃいますね。同じ国の料理というだけではなく、味つけが非常に似通っている。とても優しい味です。占いが奏様を選んだ理由のひとつかもしれませんね」
「あき様……というのは王子のお母さん、ですか?」
「ええ、そうです。外見内実ともにとても美しいかたでした」
やっぱりミハイエルの母親は美人だったらしい。奏みたいな平凡を極めた男に似ていると言われてしまって、なんだか申し訳ない気分になる。似ていると言われたのは料理の味つけや匂いであって、顔ではないので許して欲しい。
奏は恐る恐るミハイエルへ視線を向けた。亡くなった母親の話を出されて心中穏やかでないのでは、と思ったのだが、ミハイエルはむっつりした顔で黙々と朝食を口へ運んでいるだけだった。
「……エ、エリファスさんも、お、王子のお母さんの料理を、た、食べたことがあるんですね」
「ええ、あなたもご一緒にどうぞ、とよく声をかけてくださいました。ほんとうにお優しいかたでしたので」
エリファスの口調に翳りが滲んだ。エリファスにとっても、ミハイエルの母親は大切な存在だったのかもしれない。
「ごちそうさまでした」
柄にもない律儀さで両手をあわせたのはミハイエルだ。
そうか、日本人みたいな礼儀作法は、きっと母親から教えられたのだ。
「王子、高校の制服は試着してみましたか? ネクタイは私が締めて差し上げますから」
エリファスが声をかけたが、ミハイエルは返事もせずに洗面所へ入ってしまった。
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