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二話 王子って実はスケベだったんですね 14
「奏くんはいつもそれだね。甥っ子っていっても、もう高校生なんだろ? 小さな子供じゃないんだから、食事くらい自分でなんとかするよ」
「は、はあ……まあ、そ、そうなんですけど……。ぼ、僕が作らないと、コンビニとかで済ませてしまうので……。で、で、できれば手作りのものを食べて欲しい、っていうか……」
響己にはそう言ったが、別にミハイエルの夕食を毎晩作っているわけではない。仕事柄、帰りが遅くなることも多々ある。そんなときは冷蔵庫の作り置きで適当に食べてもらっている。
要するに響己の誘いを断る体のいい言い訳だ。
仕事上のつきあいならともかく、アッパークラスのリア充とプライベートでつきあうのは、コミュ障にはただただストレスだ。
「……奏くんは甥っ子くんがほんとうに可愛いんだね」
響己は苦笑した。
「はは……」
可愛いなんてとてもいえない相手だが、奏の料理をいつも残さず綺麗に食べてくれるところは可愛いと言えなくもない。
「でも、今日くらいはいいじゃない。偶にはコンビニ弁当を食べたって、それで健康を損なったりしないよ。もしそんなことになるのなら、いまごろコンビニ弁当は法律で禁じられてる」
甥っ子の食事を持ち出せば引いてくれるものと思ったのに。今日の響己は食い下がってきた。
「あ、あの、そ、そうなんですけど……。きょ、今日は高校の入学式で……。ちょ、ちょっとしたごちそうを作ろうって思ってまして……」
そう思って、定時とまではいかないが早く上がれるように調整してきたのだ。
ごちそうといってもちらし寿司とミハイエルの好物――肉じゃがを作るだけなのだが。
「入学式……。ああ、もうそんな時期か。だったらしかたないね。今日のところは諦めるよ」
いやいや、今日だけじゃなくこれからもずっと諦めてください。そう口に出せたらどんなにいいだろう。口に出すときは、いまの会社をクビになるときだ。
「じゃあ、今日の埋めあわせにお花見にいこうよ」
「えっ!?」
「入学式ってことはそろそろ桜の咲く時期ってことでしょ」
いや、そうだけど。なぜ響己とお花見にいかなくてはならないのか。もっと他に相手がいるだろう、相手が。
「俺も奏くんの作ってみた料理が食べたいなーって思って。お弁当作ってきてよ。もちろん材料費は払うから」
端正な顔立ちでにこやかに微笑まれて、うっとたじろぐ。闇属性に光属性の笑顔はまぶしすぎる。うっかり浄化されてしまいかねない。
響己に手料理を食べさせる。響己のことだから、きっと惜しみなく感想を聞かせてくれるはずだ。
ぐらっと心が揺れた。料理を作る人間にとって、料理の感想はこの上ないご褒美だ。なにも褒めてくれるばかりじゃなくていいのだ。ちょっと変わった味つけだね、とか、こんな料理があるんだね、とか、もうちょっと薄い味つけのほうが好みかな、だとか。
ミハイエルの口から、その類いの言葉が出たことは一切ない。
「あ……ざ、材料費はいりませんけど……。じゃ、じゃあ、この間ごちそうになったお礼に……」
「ほんと!?」
響己の笑顔がますますまばゆくなる。やばい、本気で浄化されて塵となって消えてしまいそうだ。
「じゃあ、場所とかはこっちで探しておくね。楽しみだなあ。執筆にますます力が入りそうだよ」
ひょっとして花藤先生って友達のいない人なのかもしれない。
じゃなかったら、ここまで熱心におれを誘ったりするはずがないもんな。そうか、華やかな人生を歩いていても友達のひとりもいなかったりするのか……。
奏は出会って初めて響己にシンパシーを感じた。
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