34 / 56

二話 王子って実はスケベだったんですね 15

 仕事が終わって家に帰った奏は、マンションのドアを開けてハッとした。  玄関先に見慣れない靴がある。花のモチーフがついた白いパンプス。あからさまに女物の靴だ。  まさか王子が女の子を連れこんだ? なんの心構えもなく生身の女の子とご対面とか、荷が重すぎる。  奏が玄関先でフリーズしていると、 「お帰りなさい、お兄ちゃん」  聞き慣れた声が聞こえた。  慌てて顔を上げると、ダイニングテーブルに座っている妹の姿があった。その向かいにはミハイエルの姿もある。 「あっ、杏……! おまえ、ここでなにやって……」 「お兄ちゃんと同居している人に会いにきたの」  そういえばミハイエルに会ってみたいと言っていたが、まさかなんの連絡もなしにいきなりやってくるとは。 「渋谷で友達と買い物をしていて、そういえばお兄ちゃんの家ってここからそう遠くなかったなーって思って。誰もいなかったら諦めて帰るつもりだったんだけど、ミカくんがいて家に入れてくれたの」  ミカくん――  初対面だというのにずいぶんと親しげだ。ミカくんと呼ばれたミハイエルも特に気を悪くしたようすはない。  おれが名前で呼んだときは『低脳の分際で厚かましい』とまで言ったくせに。可愛い女の子が相手だとずいぶん態度が違うじゃないか。  奏はテーブルの上に水色の弁当箱がおかれていることに気がついた。のぞきこんでみると中身はクッキーだった。  それにお茶のマグカップもふたつ出してある。ミハイエルが手ずからお茶を淹れるとは思えないから、杏が淹れたんだろう。 「あ、これ、今日の教育実習で作ったの。お兄ちゃんも食べてね。あんまり上手くできなかったけど」 「そんなことはない。ちゃんと美味しくできている。杏はお菓子作りが得意なんだな」  ミハイエルはにこりと微笑むと、ハートの形のクッキーをかじった。 「ありがとう……。そう言ってもらえるとうれしいな」  杏は恥じらうように頬を染めた。  奏は目の前のやりとりを愕然としながらながめていた。  なんだよそれ……おれの料理は一度だって美味しいって言ってくれたことがないのに。それだけじゃない。笑いかけてくれたことも、名前で呼んでくれたことだってない。  このところ多少は親しくなったつもりでいたが、親しいどころか他人以下の扱いだったと気づかされた。  ……そりゃあそうだよな。おれと王子は友達でもなんでもない。ただの同居人、それも占い師に言われたから渋々ここで暮らしているだけだもんな。  奏は自分で自分を納得させようとしたが、少しも上手くいかなかった。心の底へ不満が幾重にも折り重なって積もっていく。  奏は最寄り駅まで妹を送ると、鈍い足取りでマンションへもどった。

ともだちにシェアしよう!