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三話 今日からおまえは俺の弟だ 4

「か、看病してくれて、あ、ありがとうございました」  ベッドの上に正座をして頭を下げる。 「奏にはいつも食事を作ってもらっているからな。これくらいの世話は焼くのが当然だ」  なんという殊勝な科白だろう。きのうまでの尊大王子はどこにいったのだ。中身が入れ替わったとしか思えない。 「な、なにかあったんですか……?」 「なにかとは」 「えっ、い、いや、きのうまでと態度が違いすぎて……。き、きのう言ったことを気にしてるなら、あれは勢いもあって言ったことなので……。あ、あまり気にしないでいただけると……」  いま思い返してみれば、あれはただの嫉妬だ。二十五にもなって妹相手に嫉妬するなんて恥ずかしすぎる。  ミハイエルは神妙な顔つきで奏を見つめた。 「おまえ――奏に泣かれて己を省みた。最初にとった態度が態度だから、いまさら親しげにするのも気恥ずかしかったんだ。でも、奏を泣かせるくらいなら多少の気恥ずかしさなどどうでもいい。そう思った」 「そ、そうなんですか……」  どうやら本気でいままでの態度を反省したらしい。奏にとってはありがたい話だったが、あまりしおらしくなられると逆に調子が狂ってしまう。 「奏に泣かれると、荊の呪いにかかったみたいにこのあたりが苦しくて痛くなる」  ミハイエルは左胸に手のひらをあてた。ちょうど心臓の上あたりだ。 「奏、おまえひょっとして魔力を持っているんじゃないのか」 「えっ、ま、魔力なんてありませんよ! あ、あったとしたって、そ、そんな変な呪いかけたりしません」  奏は慌てて否定したが、 「わかっている。おまえからは魔力の匂いがしないし、魔力で人を苦しめるような奴でもない」  ミハイエルはあっさり認めた。 「これからは奏を家族だと思うことにする。そうすれば自然と優しくできるだろうし、三年間も共に暮らすなら家族も同然だからな」  家族――  その響己は奏の胸を高鳴らせた。両親が離婚して以来、奏には家族がいない。奏を捨てた母も、奏を顧みない父も家族だと思っていない。唯一家族だと思えるのは妹だけだが、妹とはいままでもこれからも共に暮らすことはない。 「今日からおまえは俺の弟だ」 「へ……?」  ミハイエルはそれはそれは綺麗な笑顔を浮かべたが、奏は見蕩れもせずにその顔を見返した。 「い、いやいやいや! お、おかしいでしょ、弟って。お、俺のほうが年上なのに」  それも十歳もだ。  さっきは親子どうこうと言っていたが、ひょっとしてミハイエルが父で奏が子供という意味だったんだろうか。 「奏を見ているとあまり年上という気がしない。いまいち頼りないし、どこか幼く感じるし、背だって俺より低い。とても兄とは思えないから弟だ」 「いや、そんな、王子――ミカがおれの弟ってことでいいじゃないですか」 「おまえに弟扱いされるだなんて冗談じゃない。おまえが、俺の、弟なんだ」  ひと言一句区切って言われて、その圧力に『ははーっ!』と両手をついて平伏しそうになる。  殊勝だなんてとんでもなかった。尊大王子はどこまでも尊大だ。ミハイエルが尊大王子でなくなる日は、未来永劫おとずれないのかもしれない。

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