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三話 今日からおまえは俺の弟だ 11

「自分の香りは自分ではわからないものだ。奏、次の休日はいつだ?」 「えっ? えっと、今度の土曜日は休むつもりだけど」  編集の仕事は基本的には土日が休みなのだが、休めずに休日出勤になることも多々ある。ちゃんと代休をもらえるだけマシだろう。 「土曜日なら高校も休みだ。ちょうどいい。その日に新しいベッドを買いにいこう」 「え、あ、う、うん……」  今日から一緒の布団で寝ると言い出すんじゃないかと思っていたので、新しいベッドと言われて拍子抜けする。  い、いや、がっかりなんてしてませんから! 王子と一緒の布団で寝るとか心臓が持ちませんから!  誰にともなく心で言い訳してしまう。  布団から出て、スマートフォンを確かめると、響己からメッセージがいくつも届いていた。そういえばきのうはお詫びのメールも送らずに眠ってしまった。いそいでお詫びのメッセージを送ると、はあーっと深い溜め息がこぼれた。  きのうは疲れる一日だった。気疲れで体重が十キロくらい減った気がする。今日は今日で寝起きから心臓をフル回転させられたし。 「どうしたんだ、溜め息をついて」  溜め息の原因に訊かれて、またもや溜め息が出そうになる。 「なんでもないよ……」  奏はパジャマのボタンに指をかけた。まずは重箱や水筒を洗わないと。朝食の準備はそれからだ。 「そういえばミカが魔法を使ってるところって見たことがないけど……ミカもエリファスさんみたいに、魔法が使えるの?」  流れる血の半分は人間のものだから、使えないのかもしれない。そう思って訊いてみると、なんという愚かな質問だ、と言わんばかりの視線が突き刺さった。 「えっ!?」  胸倉をつかまれたかのように、パジャマの胸許がぴんと伸びた。と思ったら、ボタンが勝手に外れていく。まるで透明人間が目の前に立っていて、奏の着替えを手伝っているかのようだ。 「えっ、えっ、ちょ、ちょっと」  ボタンがすべて外されると、ズボンのウェストに見えない手がかかった。ためらいなく引き下げられそうになり、慌ててひっつかむ。 「ミッ、ミカ! これミカの仕業だろ! ひっ、人のズボンを脱がさない!」 「着替えを手伝ってやってるんだろう」 「だ、誰も手伝ってくれなんて言ってない……!」 「いつも俺の前で着替えているのにおかしな奴だな」  ミハイエルの眉が怪訝そうに寄った。が、すぐに口角が楽しげにつり上がった。いままで目にしたことのない不埒な笑みに、心臓がどくっと跳ねる。 「そうやって嫌がられると、ますます楽しくなってくるな」  ズボンを引き下げる力が強くなり、奏の手からすっぽぬけた。奏の足の下をすりぬけて、ミハイエルの手にパシッと収まる。 「ちょっ! 返せよ!」  奏は真っ赤な顔で怒鳴りながら、その場にしゃがみこんだ。  パンツ姿を見られるくらいどうということもない。ないのだが、ミハイエルに脱がされたという事実がどうしようもなく恥ずかしい。

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