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三話 今日からおまえは俺の弟だ 12
「俺を楽しませる反応をするおまえが悪い」
ミハイエルはたちの悪い微笑を浮かべて、パジャマのズボンを投げてよこした。着替えるつもりだったのに、そそくさとズボンを身につけてしまう。
「変な魔法を使うなよ!」
奏は涙目でミハイエルを睨みつけた。
「おまえがよりによってこの俺に『魔法が使えるのか』などと低脳極まりない質問をするからだ」
おお、久々の低脳発言。なんだかちょっと懐かしい。
「王位継承権の順位は魔力の強さで決まる。王位継承順位一位ということは、魔界において魔王の次に魔力が強いということだ。その俺に向かって『魔法が使えるのか』だと?」
「だ、だって、そんなこと知らなかったし……ミカ、ぜんぜん魔法使わないから……」
「大抵のことなら魔法でできる。が、あまり意味はない。着替えなんて自分の手でやったほうが早いし、あまり魔法に頼ってばかりいると肉体が衰える」
そう言いながら、高校の制服に着替えていく。深い紺のブレザーに白いシャツ。青いネクタイという、よくあるタイプの制服だ。
「じゃあ、いったいいつ魔力を使うの」
「戦いのときだ」
思いがけない言葉が返ってきて、奏はハッとしてミハイエルの顔を見つめた。
「戦いって……ミハイエルが戦うの……?」
「魔界には魔王の対抗勢力が存在する。魔力の強さで継承順位が決まるのは、対抗勢力から魔界を守らなくてはならないからだ。もしも敗北すれば、魔界は奴らのものになる。そうなったら人間界も無事では済まない」
「えっ? 済まないって……ど、どういうこと……?」
奏は不安の色を浮かべてミハイエルを見上げた。
「奴らのことだ。魔界を手に入れたら、次は人間界を征服しようと目論むだろう」
「も、目論むだろうって」
ミハイエルはあっさり言ったが、それはつまり人類が知らず知らず危機に立たされているということだ。
「そ、それ、偉い人は知ってるの? 総理大臣とか、アメリカの大統領とか、国連とか」
「教えてないから知らないだろう」
「知らないだろう、じゃなくって! 知らせないとだめだろ!」
思わずミハイエルの両腕をがしっとつかむ。
「知らせたところでどうにもならない。魔力の前には核兵器すら無意味だ。俺たちはどんな武器でも一瞬で無効化できる。おまえたち人間にあらがう術はない」
「そんな……あっさり言わないでよ……」
どうにもならない危機なんて知りたくなかった。恨みをこめてミハイエルを見据えると、不敵な微笑が返ってきた。
「案ずる必要はない。魔王軍が反乱軍に負けるなどありえない。俺の父は強靭だ。俺もまた然りだ」
「はあ……」
そんなことを言われても、魔王の強さはもとより、ミハイエルがどれほど強いのかも知らないのだ。
奏は改めてミハイエルを見つめた。
「なんだ。なにか言いたいことがあるのか」
「いや……ミカもいずれは魔王になるんだなって思って」
すこぶる美形ではあるが、見た目だけなら人間と変わりないし、食事も服装も人間と変わらない。だからうっかり忘れそうになるのだ。ミハイエルが魔族で、それも次期魔王候補だということを。
「俺が次の魔王になると決まったわけじゃない」
ミハイエルは素っ気なく言った。
「でも、王位継承順位一位だって――」
「いまのところはな。この先、俺を上回る魔力の持ち主が現れないともかぎらない。それに、もし――」
不自然に言葉が途切れて、奏は首を傾げた。ミハイエルは気難しげな表情で宙を睨んでいる。痛みを堪えているように見えたのは、奏の気のせいだろうか。
「ミカ……?」
「腹が減った。今日の朝食はなんにするんだ」
「え? ええっと、カマスの開きと、じゃがいもとわかめのおみそ汁と……」
部屋を出ていくミハイエルのあとを慌ててついていく。
ふたりは朝食を済ませると、奏は会社へ、ミハイエルは高校へそれぞれ向かった。
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