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三話 今日からおまえは俺の弟だ 16
奏が次に向かったのはお台場だ。お台場にある商業施設に、家具のショールームが入っているのだ。そこでミハイエルのためのベットを選ぶつもりだった。
ミハイエルとは駅の改札口で待ちあわせている。
エスカレータで地上へのぼって改札口へ向かうと、改札機の向こうにミハイエルの姿があった。一時間は待たされるのを覚悟していたが、意外なことに待ち合わせ時間は守るタイプのようだ。
お待たせ、と声をかけようとして、上げかけた手が止まる。ミハイエルの前にふたりの少女が立っている。恐らく高校生だ。
いまどきのファッションに身を固めたいまどきの女子高生。奏がもっともお近づきになりたくないジャンルの相手だ。うかつに声をかけようものなら、いや、視界に入っただけで『キモい』だの『うざい』だのと罵りをくらうハメになるのは目に見えている。
どうしよう……。どうやらミハイエルは女子高生たちから逆ナンされているらしい。
さすがは王子。さすがは美形。ミハイエルの魅力の前には、反魅了の術の効果もいまいちのようだ。
この状況に割って入ってもいいんだろうか。ミハイエルの表情は不機嫌そのもので、女子高生に声をかけられたのを少しも喜んでいないのは明白だ。が、しかし、ここで割って入ろうものなら、女子高生たちからゾウリムシどころかヘドロ扱いを受けるだろう。
奏が改札機の手前で立ち尽くしていると、ミハイエルの目がこちらを向いた。
「そんなところでなにをやっている。さっさとこい」
大声で怒鳴られたわけでもないのに、奏は鞭打たれたように背筋を伸ばすと、慌てて改札機を通った。
予想通り、女子高生ふたり組は『なにこれ』と言わんばかりの視線を向けてきた。
「人を待っていると言っただろう。奏、いくぞ」
ミハイエルは奏の肩を抱くと、大股に歩き出した。
「ちょ、ちょっとミカ」
振り返ると、女子高生たちはぽかんとした表情でふたりを見送っていた。
「くるのが遅いぞ。おかげで女たちに絡まれた。人と待ち合わせていると言っているのに、遊びにいこうだのお友達も一緒にだのとしつこかった。どうして人間たちは俺に対してああもなれなれしいんだ。魔界ではそんな奴はいなかったのに」
「そりゃあ魔界では王子様だから……」
おいそれと声をかけられないんだろう。
ミハイエルに肩を抱かれた奏は、ほとんどつんのめりそうになりながら歩いていく。
「っていうか、もうちょっとゆっくり歩いてよ。おれとミカじゃ、足の長さがぜんぜん違うんだから」
「ああ、すまない。奏の足の短さをうっかり失念していた」
ミハイエルは素直に謝って歩調をゆるめてくれたが、そこはかとなく腹立たしい。
「……あの、この手も離してくれない?」
ゆっくり歩けるようになると、今度は抱かれたままの肩が気になってきた。身体と身体が近い。肩を抱かれているのだから当たり前だが、ミハイエルの体温が伝わってきて落ちつかない。
「なにか問題でもあるのか」
「魔界はどうなのか知らないけど、ここじゃ男が男の肩を抱いて歩いたりしないんだよ」
奏は恐る恐るあたりを見回した。お台場は観光スポットであり、デートスポットでもある。土曜日の今日は特に人手が多い。
通りすがりざまに誰もが奏たちをちらちらと、あるいはじろじろとながめていく。男が男の肩をべったり抱いているだけでも人目を惹くのに、ひとりは超絶美形、もうひとりはゾウリムシだ。いろいろな意味で好奇心をそそられるに違いない。
「男が男の肩を抱いて歩くと、なにがしかの罪になるのか」
「えっ、い、いや、罪とかそこまでは……。ただちょっと人様からじろじろ見られるっていうだけで……」
「気にすることはない。俺とおまえは兄弟みたいなものなんだから、肩くらい抱くだろう」
そういえば前に『今日からおまえは俺の弟だ』と言われたっけ。奏のほうが十も年上なのになぜ弟なのか。解せない。
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