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三話 今日からおまえは俺の弟だ 17
でも、家族みたいに思ってくれているっていうことだよな……。
そう思うと、なんだか胸の内側がぽかぽかしてくる。両親が離婚してからというもの、家族と思えるのは杏ひとりだけだった。そんな自分に新しい家族ができたみたいで。
ミハイエルとは血のつながりもなにもないし、たかが一ヶ月ほど一緒に暮らしただけだ。それでもミハイエルが家族のようなものだと思っていてくれるのなら、家族と呼んでもいいのかもしれない。
けっきょく家具のショールームへつくまで、ずっと肩を抱かれたままだった。
ショールームは商業施設の中に入っていた。ワンフロア全体がショールームになっていて、こじゃれたインテリアがずらりと並べられている。
魔界の王子にふさわしいものを、と思って高級志向のショールームを選んだのだが、庶民気質が身に染みついた奏はついつい気後れしてしまう。
「これなんかいいんじゃないのか」
魔界の王子が指さしたのは、キングサイズの馬鹿でかいベッドだった。
「……あの部屋にこれが入ると思う? 壁を壊さないと無理だよ」
もしも入ったとしても八畳一間がほぼベッドで埋まってしまう。
「魔法で移動させればかんたんだけどな。まあ、あまり魔族らしい真似はしないほうが無難だな。じゃあ、こっちでいい」
次に指さしたのは、ダブルサイズのベッドだった。キングサイズよりはマシだが、八畳一間にはやはり大きすぎる。
「……あのー、王子。せめてセミダブルくらいにしていただけませんでしょうか?」
「セミダブルというとこれがそうか」
ミハイエルは隣においてあるベッドへ目を向けると、ゆるく眉を寄せた。
「少し小さすぎないか?」
「え? いや、これくらいでじゅうぶんだって。ミカは寝相がいいんだから」
あの部屋にダブルサイズのベッドをおいたら、布団を敷くスペースがなくなってしまう。また台所で寝てもいいのだが、それは少し淋しい。
「奏、おまえちょっと寝そべってみろ」
「えっ、お、おれが?」
なんでおれが、と思いつつ、言われた通りに寝そべったのは、ミハイエルの声には命令に従わせる威力があるからだ。
お高いベッドだけあって寝心地はさすがだった。こんなベッドで眠ったら、毎日毎晩幸せな夢が見られそうだ。
「えっ……?」
思わず声を上げたのは、ミハイエルが隣へ寝そべってきたからだ。ミハイエルの顔がどアップで視界に映り、身も心も硬直した。
――なんでミカまで一緒になって寝そべってるんだ? 男がふたりしてショールームのベッドに寝転がるって、どう考えてもおかしい。男女でもどうかと思う光景だ。
「やっぱりふたりだと窮屈だな。寝返りも打てやしない」
「そ、そりゃそうでしょ、セミダブルなんだから。でも、ひとりで寝るならこれでじゅうぶん――」
奏は慌ててベッドから立ち上がった。いつまでもこうしていては変に思われるし、なによりもミハイエルの顔を至近距離で見つめるのはやばい。なぜか心臓がバクバクするし、顔が熱くなってくる。
「なにを言っているんだ。ひとりじゃない。おまえと一緒に寝るんだ」
ミハイエルは身体を起こしてベッドへ座り直すと、淡々とした口調でわけのわからないことを言い放った。
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