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三話 今日からおまえは俺の弟だ 18

「は……?」 「は? じゃない。どうしてベッドを買い替えることになったのか忘れたのか?」 「どうしてって……おれの匂いがしなくなったから、だったっけ」  言った途端、たまらなく恥ずかしくなった。改めて考えてみると、なんだこの理由は。どう考えてもおかしい。 「そうだ、だからふたりで眠れるベッドに買い替えるんだ。おまえが隣にいれば、おまえの香りを感じながら眠れるからな」  奏は唖然とした。ミハイエルがそんなつもりでいただなんて、少しも想像していなかった。 「いや、あの、ちょっと」 「奏、やっぱりベッドはダブルにしよう。寝帰りも打てないのは窮屈だし、睡眠が浅くなりそうだ」 「いや、ちょっと待ってよ。いっ、一緒に寝るのはちょっと……」  ミハイエルがすぐ隣にいては、とてもじゃないが落ちついて眠れない。だいたい二十七と十五の男が同衾ってどうなんだ。 「ちょっと、なんだ」 「ちょっと無理っていうか……」  言葉を濁して言ったのだが、ミハイエルはあからさまにムッとした顔になった。 「無理とはどういう意味だ」  ベッドから立ち上がり、奏へ詰め寄ってくる。奏はたじろいだ。 「い、いや、だって、いい歳した男がおんなじベッドで寝るってちょっとあれっていうか」 「俺と同じベッドで眠るのが嫌なのか」 「そ、そういうわけじゃ……」  近くを通りかかったカップルが、奏たちをじろじろとながめている。ふたりの目は好奇心に満ち満ちていて、あまり気分のいいものではない。  まさかゲイカップルの痴話喧嘩だと思われているんだろうか。顔面偏差値が違いすぎるからそれはない、と思いたい。  いや、この世の中には蓼食う虫も好き好きだとか美女と野獣という言葉もある。美形と不細工のカップルだって、それほどめずらしいものではないのかも――  いやいやいや、おれの顔面は不細工ってほどひどくはないから。たぶん。 「なにか問題があるならはっきり言ってみろ」  ミハイエルは腰に両手をあてて、奏を睥睨している。ついうっかり『ははーっ』と平伏したくなるが、この場でそんな真似をしようものなら、それこそいい見世物だ。  奏はミハイエルの手首をつかむと、ショールームの外へ引っぱっていった。 「まだベッドを買っていないのに、店を出てどうするんだ」 「あ、あのさ、ミカ。男と男が同じベッドで寝るのって、ここじゃあまり一般的じゃないんだよ。魔界じゃどうなのか知らないけど」  奏を見下ろすミハイエルの目は冷え冷えとしている。 「一般的じゃなかったら、なにか問題があるのか」 「えっ、も、問題……?」 「なにがしかの罪に問われるのか」 「いや、罪とかそういう問題じゃなく」 「じゃあ、どんな問題なんだ」 「え、えーっと……他の人におかしく思われる……とか」 「他の人とは誰のことなんだ。あの花藤響己とかいう男のことか」 「えっ? な、なんで花藤先生……。そうじゃなくって、世間一般のことだよ」  どうしてそこで響己の名前が出てくるのか。花見のときの態度を思い出してみる。理由はわからないが、どうやらミハイエルは響己がよっぽど気に入らないようだ。 「世間一般?」  ふん、と鼻でせせら笑う。 「要するに有象無象ということだろう。奏はずいぶんとくだらないものを気にするんだな」 「……そりゃあミカはいいよ。そんな見た目だし、魔界でナンバーワンの力を持ってるんだから、いつだってそうやって自信たっぷりでいられるよね。でも、おれみたいなコミュ障はそうはいかないんだよ。人様の目を気にしながら、こそこそ生きていくだけで精一杯なんだよ」  さすがの奏もムッとして言い返したが、 「コミュ障とはどういう意味なんだ。聞いたことのない言葉だ」  ミハイエルはどうでもいいことに食いついてきた。

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