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第3話 初めてのお仕事?・9
「………」
絶対的に不利な立場であるはずなのに、何でも願いごとを聞いてもらえるという謎の上下関係にはまだ慣れることができない。
果たしてこの先慣れる日が来るのだろうか?
「ちゃんと歯磨いて寝るんだよ。那由太、また明日いっぱい遊ぼうね」
例によってファンシーワールドな俺の部屋で横になっていると、ドアが開いて刹が顔を覗かせた。
「な、何ですか……?」
「今日の撮影の報酬と、記念の写真だ」
A4の茶封筒をヒラヒラと振る刹。ベッドを下りてそれを受け取ると、刹は俺の頭を軽く叩いて自分の部屋へと戻って行った。
「……報酬って!」
入っていたのはクレープの有名店「ミラクルポップ・クレープ」の半額割引券が十枚。封筒をひっくり返しても現金は何も入っていない。
「何なんだよ、もう……」
それから、わざわざA4サイズでプリントされた俺の写真が数枚。黒のタンクトップに猫耳ファーの帽子という、ここに来なければ一生組み合わせることもなかったであろうコーディネートの俺。
ベッドに寝て顔を背けている俺は、こうして見ても哀れなほど真っ赤になっていた。ただ流石にフォトグラファーと言っていただけあって、被写体はともかく写真自体は綺麗に撮れている。
例の恥ずかしい写真はなくてホッとしたが、一番最後にあった写真を見た俺は危うくベッドに座ったまま卒倒しかけた。
「こ、これって……炎珠さん?」
モノクロで仕上がっているそれは脚の付け根のラインぎりぎりまでジーンズを下げた、上半身裸の炎珠さんの写真だった。若干髪が短いから前に撮ったものなのだろう。
細いだけかと思ったらバランス良く筋肉も付いていて、加工もしてるのだろうけれど肌が物凄く綺麗だ。モノクロの炎珠は長い睫毛を伏せ、口元だけで静かな笑みを湛えていた。
──良い体してるなぁ……。
「ん?」
見れば写真の下の方に何やら書いてある。恐らく刹の字だと思われるそれは、細い油性マジックでこう書かれてあった。
『にゃん太 昼間寸止めした分、これでシコっとけ。特別に無料で提供してやる せつ』
「……ば、馬鹿なんじゃないのっ?」
恥ずかしさと怒りで写真を破りそうになったが、この話に全く無関係の炎珠に罪はないということで、何とか心を落ち着かせる。サイドテーブルに写真を置き、俺は思い切りベッドの上へと寝転がった。
──潜在的M。
昼間、刹に言われた言葉が頭の中でリフレインしている。
──お前は見られたり、恥ずかしい思いをすることで体に火が点くタイプだ。
「……そんなこと、……」
そんなこと、あるはずがない。
俺は仕方なく刹に従ったんだ。これが仕事だから。俺には従わなければならない理由があるから。
──欲しけりゃ言葉で訴えろ。
あの時炎珠さんの乱入がなかったら、俺は刹に最後まで訴えていた。恐らく刹も俺の要望通りのことをしただろう。
昨日二人に触れられた所が、思い出しただけで熱くなる……。
「……ん、……」
ゼブラ柄のパジャマの裾から手を入れ、胸に触れてみる。この心臓の高鳴りが一体どこからくるものなのか、俺には全然分からないけれど……少なくとも少女漫画みたいな甘い恋愛のドキドキなんかじゃないことだけは確かだ。
「………」
ちらりと、サイドテーブルに投げた炎珠さんの裸に視線を送る。
「ち、違う違う。駄目だ、こんなことしてたら……」
俺は慌ててパジャマから手を抜き、柔らかな枕に顔を埋めて目を閉じた。
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